【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

揺れる心

「ほんと食えないやつだぜ……」

『ふふっ……よく言われるよ』

アオイを盾に取られてしまってはティーダにはどうすることもできない。
本来、キュリオの娘である可能性が大きいこの赤子ならば生き死になど問わないはずなのだが――

「俺は獲物を横取りされるのが大嫌いだ。もちろんマダラ……お前が相手でもな」

ギロリと睨んだ足元から肩をすくめるようなマダラの声が響く。

『そこまで言うなら唾でもつけておきなよ』

「……唾? あぁ、その心配はいらないぜ」

ティーダは腕に力を込めて大鎌をどかし、パチクリと瞬きを繰り返すアオイの体を影響のない床の上にそっと座らせる。

「ここ、ちゃんと治してもらえよ?」

アオイに言い聞かせるように爪のはらで傷ついた目元をなぞる。

「まぁ、傷痕が残っちまったら……」

「お前は俺がもらってやる。心配するな」

「……?」

もちろん言葉が理解できないアオイは小首をかしげるばかりだ。そんな彼女の様子を目にし、フッと穏やかな表情を向けるティーダ。

「またな」

名残惜しそうに長い爪を赤子の肌から離すと、大鎌に捉えられた彼の体は奇妙な靄とともにズブズブと床の中へ沈んで見えなくなってしまった――。


――トッ……


 ティーダは液状化した床を抜けると、開けた眼下に#主__あるじ__#不在の冥王の部屋が広がった。ヴァンパイアの王は長い黒髪をひるがえし紅の瞳を細め仄暗い室内を見渡す。

「どこだマダラ」

城全体から感じる冥王の不気味な気配。
そもそもこの国自体が冥界と例えられるだけあって、その王である彼にとってこの空間は意のままに操ることのできる他の世界とは切り離されたものだと聞いたことがある。
そのため彼の居場所を特定するのはかなり難しく、よほどのことがない限り、探して歩き回る羽目になるのが常だった。

しかし、彼に連れられてきたのだからこの近くに居るに違いない。

すると案の定、背後から煙るように現れた異様な気配にヴァンパイアの王が振り返る。

「やぁティーダ。おかえりと言っておこうか」

何もないところから突如姿を見せたマダラ。彼の手には大鎌が握られており、その先にはティーダの血が少なからず付着している。

「なぜ俺の邪魔をする」

向き直ったティーダは不機嫌そうに冥王を睨み、仁王立ちしながら腕を組んでいる。

「……ちょっと手を出したつもりが国ごと滅ぼされかねないってわからない?」

「相手は在位五百年を超えた悠久の王だよ」

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