【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

鍛冶屋(スィデラス)・ダルド

「全てはキュリオ様のお心のままに」

振り返り、片手を胸元に当て片膝をついたガーラントは最大の尊敬を込めて己の王へと深く頭を下げた。
万が一、キュリオが感情的なコントロールを失い暴走した場合、懇意にしている王以外に彼を止められるのはこの大魔導師ガーラントぐらいだろう。それほど彼は冷静に物事の判断を見極める能力に長けている。

キュリオは大魔導師のその様子に小さく頷くと赤子を抱いたまま城へ足を向ける。
――と、やや離れた場所で待機していた女官や侍女らが指示を仰ぐべくキュリオの後ろをついてくる。

「急ぎですまないが明日の朝に間に合うようにこの子の正装を用意できるだろうか?」

すると微笑み一歩前に進んだ女官が胸を張って答えた。

「問題ございませんキュリオ様。すぐに腕の良い仕立屋(ラプティス)をお呼びいたしますわ」

弾むような音を声に載せて微笑んだ女官と同様、大きく頷いた侍女たちも喜びの声を上げている。アオイの傍に仕えていた彼女たちが待ちに待った瞬間に心躍らせているのがわかり、キュリオの口元にも笑みが浮かぶ。

「……#鍛冶屋__スィデラス__#の彼にも声をかけてくれるかい?」

「#鍛冶屋__スィデラス__#でございますか……?」

満面の笑みから一変、わずかに戸惑いを見せた女官は彼の腕の中にいるアオイとキュリオの顔とを見比べる。

「お、お言葉ですがキュリオ様。お嬢様にはまだお早いのでは……」

すると驚いたような表情を浮かべたキュリオは小さく首を傾げる。

「いや、アオイに何かを持たせようと言うのではない。
しかし……そうだな。髪飾りを頼むのも有か……」

そう呟いたキュリオの脳裏をよぎったのは散策中に見つけた小さな花だった。
その花を見て瞳を輝かせ興奮の声をあげていた彼女に、いつかそれに似た髪飾りを作ってやろうと考案していたのだった。

(――思い返してみれば、この子にしてやりたいことが山のようにあったな)

精霊王の彼に救われた愛娘の命。
一度は絶たれたと思ったこの幸せに、これ以上何を望もう?
しかし二度目の危機はすぐにやってきた。

キュリオは輝く鉱石の中に彼女を閉じ込めて隠してしまいたい衝動に駆られながらも、日の光の下、笑みを咲かせて歩む道が健全なのだと自分に言い聞かせる。

「彼への依頼内容は私が書く。使いの者を広間へ集めておくれ」

「かしこまりましたっ! ただちに向かわせますわ」

微笑みと共にその場をあとにした女官と侍女たちは、キュリオに頼まれた職人たちを集めるべく慌ただしく動き始めた。


――その頃……
ようやく日が高くなり、朝早くから鉱物を探しに出かけていたダルドは銀色の瞳を空へ向け、白銀の毛に覆われた耳をピクリと動かすと小さく呟いた。

「……誰か訪ねて来る。家に戻らないと……」

風にのって運ばれてくる人間の匂いと馬の蹄の音。
ダルドは凛々しく立ち上がる狐のような耳と白銀の髪をそよ風に揺らして悠久の城のある方向を見つめた。

こうして人の姿を保ち、優れた嗅覚や聴覚をもつ彼はかつて野生の#銀狐__シルバーフォックス__#だったが、百年以上生き永らえ聖獣の仲間入りを果たした立派な人型聖獣だった――。
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