【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

ダルド、キュリオとの出会い

 両脇に噴水が連なる通路をふたりが歩くと、崇高なその存在を一層輝かせるように陽の光に反射した水しぶきが高く舞い上がる。

人の姿で在りながら人の身を超越した王や人型聖獣は胸に抱く想いも似たものが多い。
老いもなく、命の尺が途方もなく長い彼らはいつかくる他者の終焉を見届けなくてはならない。

 かつて銀狐(シルバーフォックス)だったダルドの、獣だった頃の彼を知る仲間はもういない。どういうわけか本人の意志とは無関係に彼だけが百年もの年月を越え、人型聖獣へと進化してしまったのだ。


(――どうして僕だけこんな体なのっ――……)


 進化して間もない当時の彼は戸惑い、人の世にも聖獣の世界にも立ち入ることができず暗い森の中、たったひとり絶望の淵を彷徨っていた。
 考えてみればダルドとアオイの共通点も多い。

ひとりではとても歩き出せない生まれたての赤子も同然。

――冷たい雨が降りしきるなか、暗闇に包まれたこの深い森に銀色の瞳、白銀の髪をもつ元銀狐の彼はあまりにも目立ちすぎた。

『おいっ! そっちにいないか!?』

『白銀の髪だ!! この暗がりならすぐ見つかれるはずだ! 探せっ!!』

「……っ!」

遠くに聞こえるのは焦りの色を滲ませた人間の男たちの声だ。
雨が降りしきる森の中で白銀の青年の嗅覚はあてにならず、どこから近づいてくるかわからない追跡者にただ怯えるしかなかった。

 事の発端は、右も左もわからず人里に姿をあらわした彼を目撃した一人の人間から始まった。
白銀の髪に狐の耳と尾。あまりに珍しいその容姿と美しさから目を奪われた男は、それが崇高な人型聖獣とも知らず生け捕りにしようと考え、数人の仲間を引き連れて森の奥地まで足を踏み入れるようになった。

(……さむ、い……だれ、か、たすけっ……)

傷だらけの足を引きずる彼に無情に降り注ぐ雨。
彼の体をあたためる衣類などなく、#銀狐__シルバーフォックス__#だった頃の上質な毛並みが体を覆っているわけでもない。
包囲網が張られてしまった人型聖獣は息をひそめながら暗い森の中へ……さらに奥へと移動していくしかなかった。

「……こんなっ……いみのない、……僕のいのちなんてっ……」

歩き疲れたダルドは大粒の涙を零し、とうとう大きな木の根元に腰をおろしてしまった。
いまの彼の心にはただ”つらい、苦しい”という言葉ばかりがあふれ、恐怖や絶望以外なにも見出せないでいた。

やがて完全に生きる気力を失ったダルドの気高い耳は力なく垂れ下がり、生命に満ち溢れた聖獣とは思えないほどに肢体からはすっかり熱が奪われていた。

「……もう、あるけ、ない……」

小さく膝を抱え、絶望に顔を伏せた彼の耳には無常な暗い雨の音だけが響いていた。
……どれくらいこうしていただろう。雨の音はさらに激しさを増し――……


――が、突如。真っ白な肌を突き刺す冷たい雨の感触が消えて……


「これは珍しい」


遠くに聞こえた汚らわしい男たちの声とは違う、穏やかな落ち着きのある声に膝を抱えたダルドはゆっくり顔を上げる。

「……だ、れ……?」

ダルドは怯えた子猫のように睨むことさえできず、不安に揺れる銀色の瞳で声の主を視界に捉えた。

(きれいな……そらの、いろ……)

ダルドが好きな晴れた日の悠久。こちらを覗き込む青年の瞳には、その雄大な悠久の青空が広がっていた。

「私の名はキュリオ。助けを呼ぶ声が聞こえた気がしてね」

絶世の美を誇る青年は降りしきる冷たい雨をもろともせず、あたたかな陽の光のように微笑んでいる。

――ダルドへ降り注ぐ暗い雨を遮っていたのは、彼の背にある見事な純白の翼だった――。

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