【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

前夜

「失礼いたしますキュリオ様。ロイ殿がいらっしゃいました」

 思い出話に花を咲かせていたふたりの傍へ家臣が進み出る。

「あぁ、通してくれ」

「かしこまりました」

 主(あるじ)の言葉に一礼した家臣が扉の前に立つ従者へ合図を送ると扉が開かれる。

「お待たせしてしまって申し訳ございません!」

 歩きながら、いそいそと捲った腕を下ろすロイ。やや眼鏡が傾いているが、それもまた彼の愛嬌だろうとキュリオは笑みを浮かべて腰を上げた。

「謝ることなどない。ロイにダルド、ふたりには改めて礼を言わせてもらおう。期待以上の仕事にいつも感謝している。ありがとう。今夜はゆっくりくつろいでおくれ」

「そんな、キュリオ様……も、もったいないお言葉っ!」

 王にその腕を認められ感謝されるなど、これ以上の名誉はない。ましてやロイは職人のなかでもかなり年若く、祖父母から見ればまだまだひよっこなのだと、毎日耳にタコができるほど聞かされている。
 それでもキュリオは経験では埋められない才能をロイに見出していた。
もちろん血によって受け継がれた才も多いだろう。さらに並ぶ者がいないほどの腕をもつ祖父母が手本として傍にいるという技術面での恵まれた環境もあるが、ロイは無の状態から色形を創造する才が誰よりも秀でているとキュリオは確信している。

「…………」

 そして、恐縮してガチガチになっているロイとは反対に――……
 立ち上がったキュリオに合わせて腰を浮かせたダルド。彼は言葉を口にすることなく、ゆっくりとした動作で頭と瞼を垂れた。

「お席へご案内いたしますわ」

「……は、はいっ!」 

 声が裏返りそうになっているのを必死に堪えながら振り返ると、そこでは優しげな眼差しの女官がロイを席へと促していた。言われた通り女官の後ろをついて歩いてみると、その指の先まで抜かりのない丁寧な作法や身なりが行き届いることに気づく。

「……」

(さ、さすがだな……)

 美しく整ったキュリオの前でどのような正装をしようとも、その比ではないが……仕立屋(ラプティス)の名においてマナー違反があってはならない。慌てたロイは灯りのともる銀の燭台の前で一瞬足を止めると、傾いた眼鏡と襟を素早く整えた。

「……君、仕立屋(ラプティス)のロイ?」

「……っ!!」

 突然名を呼ばれ、驚きに肩を上下させたロイ。
 彼の名を口にした声は落ち着いていたが口調に強弱はなく、たどたどしい言葉を紡ぐそれは少年のように透き通っていた。

「は、はっ……」

 返事をしようとしたロイは思わず息を飲んだ。
 視線の先には目を見張るような神秘的な瞳と容姿……それはまるで獣と人とが奇跡的な融合を果たしたような青年の姿があった。

(……っこの場にいるということは……、おそらく彼が鍛冶屋(スィデラス)のっ……)

 頭が考えるよりも早く、ロイの職人としての何かが青年の能力の高さに震えあがったのがわかる。

「……っは……い、あ、あのっ…………」

 話してみたいことはたくさんあるのに、鋭い視線に射貫かれたロイの手と唇は小刻みに震えている。

「なに」

「……、あっ……」

「…………」

 次第にロイの返事を待つダルドの眉間に皺が寄っていく。

「ロイ、そんなに見つめてはダルドに穴が開いてしまうよ」

 見かねたキュリオが冗談交じりの助け船を出す。
 しかし案の定、人見知りなダルドはプイとそっぽを向いてしまい――……



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