【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

セシエルとキュリオ、突然の別れ

 ――それから二十年の時を過ごした後、王位を明け渡したセシエルは忽然と姿を消してしまった。
王でなくなったとはいえ、数百年に渡り国を守り続けたかつての王の身はやはり常人ではなく、退位後の人生もとても長いのだと聞いている。

 よって、長い責務より解放されたセシエルのために用意された館も世話人も十二分に与えられていたはずなのだが……

『……なに? セシエル様が?』

 城を離れた彼は館へ向かうこともせず世話人の任を解くと、ひとりどこかへ行ってしまったのだという。まさかの報告を受けたキュリオは何度も気配を追おうと試みたが、彼の力を以てしてもセシエルを探し出すことは出来なかった。

 それでも"いつかまた会える日が来る"と信じていたキュリオだが、結局その日はやって来なかった。
 そして悲しい別れはセシエルだけではない。長い時を生きるキュリオは人の死から目を逸らすことを許されず、王になった意味を深く知らされることになる。

"どうせ別れるのなら出会わなければいい……"

 まるで時間の波に取り残されたような孤独感と、王として割り切らなければならないという義務感からキュリオを救ってくれたのが<精霊王>エクシスだった。
 無口な彼は、同じく姿カタチの変わらぬ自身の姿を見せることでキュリオを孤独から救い、消えゆく命に対し心の在り方を説いてくれた。

 セシエルという偉大な王に出会わなければ、王になることを拒んでいたかもしれない。
 そして、エクシスという素晴らしい友人に出会っていなければ……

「お前をこの腕に抱きしめることも叶わなかっただろうね」

 セシエルとエクシス、どちらが欠けていてもアオイと出会うことはなかっただろうと思うと、ふたりにはますます感謝せずにはいられない。

 五百年以上生きるキュリオの人生のなか、唯一無二の愛しい存在を見つけ出した彼は一際小高い檀上へ上がり、集った従者を眼下に見渡す。
 気高き銀髪の王の視線が降り注ぐと、一層緊張感を増した広間に柔らかな赤子の声が響いた。

「んきゃぁっ」

 広間にいる従者の何割かがその声に癒され、また何割かが赤子の存在驚いたように目を見張っている。
 頬を染め瞳を輝かせたアオイは、まるで目の前に広がるひとりひとりとの出会いに喜んでいるようにはしゃいだ。他者に向けられた愛くるしい反応を間近で見せられたキュリオは思った。

「…………」

(アオイは私との出会いをこれほど喜んでくれているだろうか……)

 赤子の行動に一喜一憂しながらも、いまはその言葉を胸に閉じ込めた彼は少しだけ寂しそうに微笑み、表情を改めた。

「日々の務めご苦労。君たちの働きが如何に素晴らしいかは民の暮らしぶりを見ればわかる。そしてこれからも気を抜かず、民の安全を第一に行動してほしい。……それと早速だが、今日はいくつか私から話したいことがあって集まってもらった」

 王より労(ねぎら)いの言葉が告げられ、話題が本題へと移ると……いよいよ彼の抱く赤子へと一斉に視線が集まる。

「数週間前、私は聖獣の森でこの赤子を保護し身内を探していたが、何者にもたどり着くことは出来なかった。これは彼女にとっては不幸かもしれない。……しかし、この前例のない出会いに私は心から感謝している」

「この子の名はアオイ。私は私の意志で彼女を愛し、娘として迎い入れることを強く望んでいる」

 事情を知る一部の女官や侍女らが固唾を飲んで見守るが、キュリオと赤子を見つめる従者らの瞳はとても穏やかだった。
 それというのもキュリオが赤子を見つめるたび、彼からあふれる優しい笑みが"幸せだ"と語りかけてくるからだ。

『心配いらないみたいですね』

 周りの反応をみて安堵した侍女が隣りの女官に囁いた。

『あんなに幸せそうなキュリオ様をみて誰が反対できましょう? わたくしは最初から心配しておりませんよ』

 そう上品に笑った<女官>サーラの目元にはうっすらと涙が浮かんでおり、安堵感からあふれ出したのだとがわかる。
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