【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

親の愛、父として…

<使者>という重要な任務を賜ったアレスはガーラントともに慌ただしく執務室を出ていき、同行する剣士と魔導師を選出するべく別棟へと向かった。
 彼らと別れたキュリオは赤子を胸に抱き広間へと続く廊下を歩く。

"……よかった……っお嬢様……!"

「…………」

ふと、執務室での光景が脳裏を過り……
腕の中の赤子を"お嬢様"と呼んでいた侍女らを思い出し苦笑してしまう。

「やはりこのままではよくないな。昨日約束していたとおり、あとでお前に名前をつけてあげよう」

笑いかけるキュリオに笑顔でこたえる彼女。忌み嫌うヴァンパイアではないとはっきりした今、赤子に襲いかかる大きな弊害はほぼ無いといえるため、安心して城内を闊歩できる。
女官や侍女のように歓迎の意を示す者もいれば、先ほどの大臣のように恐れる者もいる。そして最悪の場合――

(……対象者への攻撃……その多くは恐怖心からの過剰防衛だ)

反発の声を抑えつけるのは簡単だが、それでは個人の不安を取り除いてやることはできないため解決にはならない。

(この子を試すような……あんなやり方は不本意だったが、よからぬ噂が立つよりはいい……)

そもそも悠久の王が目の前にいるヴァンパイアの不快な気配を読み違えることなど有り得ない。
だが、キュリオがわざわざ血を差し出すような行動に至った理由は他にある。それは……不協和音のような彼らの気配を感じることができない者への明確な証明が必要だったからだ。

「お前がいま必要なのは"親の愛"だ。せめて身内が見つかるまでの間、私を父と思えばいい――」

柔らかな赤子の髪へ頬を寄せ、想いを伝えるように目を伏せたキュリオ。
 いつしかそんな想いを抱いていたことすら忘れるほどに、日々彼女への愛が深まっていくことを彼はまだ知らない。

これはアレスたちの出発の準備が整うまでの……ほんの一瞬の出来事だった――。
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