【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

"守る者"と"守られる者"

――アレスの願いを快く引き受けてくれた先輩<魔導師>ふたりを伴い、先にメンバーを揃えたアレス一行が剣士の集う別棟へと向かって歩いていると、体格の良い剣士と思われる人物を引き連れた<大魔導師>が廊下の角を曲がり姿を現した。

「先生っ!」

「お、アレス。ふぉっふぉっ、待たせたのぉ」

小走りに駆け寄ったアレスは、ガーラントの背後にいる大柄の男と自分と同じくらいの少年を視界にとらえた。

「やぁアレス! 同行する魔導師は君を含め後ろのふたりか? 剣士からは、このブラストとカイが行く。よろしくな!」

「ブラスト教官! こちらこそよろしくお願いいたします!」

熱血<教官>として有名な彼は、表裏のない笑顔で握手を求めてくる。アレスも手を差し出し、日焼けしたブラストの手を握ると……硬い手は戦士の名に相応しく骨が太くしっかりしていた。
 比べて魔導師は頭脳が武器となるため、彼らの手は白魚のように色白でしっとりとしている綺麗な手が特徴的である。

(これが剣士の手……剣の修行につぎ込んだ時間が年輪のように皮を厚くしていくんだ……)

アレスが己との違いをしみじみ感じていると、ブラストの背後から顔を出してきた少年はこちらを観察するように凝視したのち口を開いた。

「……お前がじぃさんの言ってた天才魔導師か!」

「え……?」

開口一番そんなことを言われ、とりあえず"じぃさん"が誰を示しているのかと首を傾げてしまう。すると後方から別の声がかかり――

「アレス、君は本当に自慢の後輩だ。ガーラント先生が目を掛けるのもわかるよ」

「……っ!」

(じぃさんってガーラント先生のことなのか!?)

カイと呼ばれる少年の言葉使いに衝撃を受けながら、先輩<魔導師>テトラのあたたかい言葉に頬を染めたアレス。
するとガーラントは生徒ら全員に期待を込めた眼差しを向けて微笑んだ。

「この先が楽しみなのはおぬしらも同じじゃよ? なぁブラスト?」

<大魔導師>の言葉にブラストは大きく頷き、カイの背中をバシバシ叩いた。

「ですなぁ! しかしまずは……カイ! 己の存在意義を見いだせ! お前にしか出来ないことが必ずあるはずだからな!!」

背中に強い衝撃を浴びたカイは転びそうになりながら両足で踏ん張っている。

「……っあのなぁっ!! 俺にしか出来ないことっつっても王様を守るのが剣士の役目だろ!? ほかに何があんだよ!!」

ガハハと笑うブラストは腰に手をあて、仰け反るように胸を張った。

「そうだぞっ! キュリオ様を守るのが我々の役目だ!! だがな、キュリオ様の愛するこの国と民を守るのも同じくらい大切なんだ!」

すると頭をガシガシとかいたカイが舌打ちしながらブラストを見上げる。

「わぁってるよ! そんなの聞き飽きたっつーの!!」

「ほほぉ?」

さらに何か言おうとしたブラストを制してガーラントが前にでる。

「おぬしにはまだちと早いかのぉ? 言ってしまえばキュリオ様はこの国の誰よりも強い。守ってもらわずともよい程にお強いのじゃ」

「あん? じゃあなんで俺たちがいるんだよ……」

不服そうにカイはガーラントを睨んだ。早速、その"存在意義"を見失いそうになってしまったからだ。
 そんな無礼な少年にも嫌な顔ひとつせず、彼は教えを説くように穏やかな口調で答えた。

「この世界は愛で成り立っておる。
そのなかで力を持つ者、持たない者……"守る者"と"守られる者"がおるじゃろ?
なら"守る者"の身は誰が守るんじゃ?」

「……強いなら守らなくてもいいんじゃねぇの?」

怪訝な顔をしたカイはガーラントの問いに答えを見出せずにいる。

「キュリオ様は"守る者"の頂点におられる方じゃ。そのお方から見れば儂らとて"守られる者"に含まれてしまう。つまりは"王ひとり"と"民全員"になってしまうんじゃよ」

「……!」

それまで黙っていたアレスがひらめいたように顔をあげ、頭脳明晰な彼らしく落ち着いた口調で言葉を紡ぐ。

「先生は"この世界は愛で出来ている"とおっしゃいました。……つまりは"無償の愛"を与えてくださるキュリオ様を私たちがお守りし、"敬愛"の心で尽くすことで"守られていない者"をなくすということですね?」

するとガーラントは頷き真剣な表情を崩さないまま話を続ける。

「#左様__さよう__#。王が国と民を支えるのなら、その王を支えるのが儂らの役目じゃ。もちろんあのお方が守ろうとしている者は儂らも守らねばならん」

「ああ、互いを守るっていうのはすごく重要なことなんだ。力がある、なしよりも"信頼"的な意味合いでな。
王が全てを背負ってひどい結末を迎えた国が昔……あったらしいからな……」

ブラストは独り言のように遠くを見つめながら静かに呟いた。

「なんだよ、おっさん……心当たりでもあんのかよ」

いつになく意味深な<教官>の表情と言葉に、カイは不安を覚え眉間に皺を寄せる。

「ん? あー、よく覚えてないが昔、書物かなんかで見た気がしてな!!」

またガハハと笑ったブラストにカイはため息をついた。元気な少年の表情をみたアレスが小さく笑っている。

「私もそこまで深く考えたことはなかった。ただキュリオ様のお力になりたいと思って魔術の勉強に励んでいたいただけだから……」

控えめに言葉を発したアレスだが、カイはさらに大きなため息をつく。

「お前……嫌味だなーっ!! 勉強してただけで天才になれたのかよ!?」

どこまでも不服そうなカイをみて笑いに包まれた一行。
小さな彼らにとって、この場での会話はその後の人生の大切な基盤のとなるのだった――。

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