【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

現れた<冥王>マダラ

突如聞こえた中性的な声に一同は震えあがる。

(な、なんだこの感じ……体がっ……)

アレスはカイたちを見つめたままその場から動けない。体が鉛のように重く、己の意志に反して体は行動を止めている。そして背に感じる鋭い視線に身の毛がよだち、恐怖のあまり視線が定まらない。目先にいるブラストやテトラたちも眉間に皺をよせ、額に滲むような汗を大量にかいている。

「まずい……この感じは冥王か」

使者の経験があるブラストたちは思い当たる嫌な予感に焦りが募る。しかし、冥王の気配を知らぬアレスでさえ感じるこの圧倒的な威圧感と今にも押しつぶされそうな殺気……これらはとても人に出せるようなものではなかったからだ。

「……アレス、そのまま加護の灯をよこせ。俺がいく」

「……っは、……ぁ……、っ……」

アレスはうまく言葉を紡げず、漏れる音と共に首を小さく縦に振るのが精いっぱいだった。ガクガクと震え強張る手から灯を受け取ったブラストは呼吸を整えながら声のしたほうへと歩み寄っていく。

「……悠久の地より参りました使者でございます!!
我が王、キュリオ様の命により冥王マダラ様へ書簡をお持ちいたしました!」

『…………』

声は届いているはずだが向こう側からの返事がない。それどころか先程の不気味な気配は消え去り、別の気配が複数近づいてくるのがわかる。

『悠久の使者殿、ただいま門を開けますので少しお下がりください』

明らかに違う別人の声に、ブラストを始め一行はほっと肩の力を抜いた。カイなど腰を抜かしてしまったのか荒々しく息を吐きその場にしゃがみこんでいる。
やがて安堵したアレスも呪縛から解放され、ブラストのいる方へようやく向き直る。


――ゴ、ゴゴゴゴッ……


門の奥から現れた人物は靄に似た灰色のローブを纏い、門番と思わしき彼は目元が隠れるほどに深くフードをかぶって読み取れない表情のまま近づいてくる。
やがてブラストが手にする灯を確認し頷くと、差し出したキュリオからの書簡を快く受け取り深く頭を下げる。

「悠久の使者殿。マダラ様への書簡、確かにお預かりしました」

丁寧な口調や立ち振る舞いからわかるように門番の彼はとても礼儀がよく見えるが、深くかぶったフードのせいで顔が暗く、視線を合わせることは叶いそうにない。
アレスは恐る恐る彼らの背後を見渡し、圧倒的な気配の行方を探す。

(……王が門の傍にいるなんて……そんな偶然が……?)

眉間に皺を寄せながら濃い靄の向こうへ視線を送るアレスにブラストが注意を促す。

「……よせアレス。姿が見えないからといって油断するな」

「し、しかし……冥王の気配はもう……」


「さっきからずっとここに居るよ? それに……
――僕の行動に"偶然"はない。すべて"必然"さ――」


「……っ……!?」

「……っっ!!」

「……そんなに僕が怖い?」

恐れおののく一行に低い笑いを含める冥王の声。それがまた不気味で、アレスは声のしたほうから視線を逸らそうと硬直した体で必死に抗う。幸い、彼の姿は門の裏側にあるらしく……冥王の持つ大鎌の柄らしきものがわずかに顔を出している程度だった。

(あ、あれが冥王の<神具>……っ! 教官の言った通りだ!)

(クソッ!! 俺がこいつらを守らなきゃいけないってのに!! これまでにない気迫だっっ!!)

アレスから見えるブラストの背中も凍りついたように動かず、彼も金縛りのあったかのように全身を強張らせていた。

「…………」

絶望しかけた彼らの様子をみた門番の男は首を横に振ると、ふたりの視界を遮るように立った。

「マダラ様はどなたにもお会いになりません。どうぞこのまま次の国へ行かれるか悠久にお戻りください」

「……そうさせていただきます」

一行の後ろに控えるテトラともう一人の青年が重い体をやっと動かし、ふたりの隣りに並ぶ。

「……長居しないほうがいい」

「いくぞ」

と、それぞれへ声を掛け、半ば強引に腕を引っ張り歩き出したその時――


「……大魔導師ガーラント……ねぇ」


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