【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

精霊王の返事

――律儀にも悠久の城の正門から姿を見せた光の精霊。悠久の王であるキュリオが中庭にいることはその気配からわかっていたが、彼女には礼儀というものがあり、さらには彼に対する最大の敬意を払い人の姿となっていた。
 そして城門に立つ数人の剣士へ歩み寄り、温度を感じさせぬ声で言葉を発する。

『……精霊王より悠久の王へ書簡を預かっております』

「お待ち申し上げておりました。光の精霊殿」

ひとりが音もなく現れた精霊王の使いを受け入れ、もうひとりは彼女の到着を知らせにキュリオの下へ急ぐ。途中、居合わせた女官に#主__あるじ__#の居場所を確認し、彼女を連れ立って中庭へと向かう。そうして花の園へたどり着くと、すぐに赤子を抱えた銀髪の王の姿を視界に捉えることができた。

「キュリオ様! 光の精霊殿がお見えになりました!」

バタバタと近づく複数の足音とともに、キュリオは第一報となる精霊王の書簡が到着したとの報告を受ける。

「わかった。今行く」

彼が連れてきた女官へ「この子を頼む」と赤子を預けると、踵を返して庭園を出たキュリオは陽射しの降り注ぐ明るい廊下へ抜ける。
 その胸中は諦めに似た感情で埋め尽くされているが、あるはずもない可能性と願望がわずかに渦巻いている。実態のない彼らが人と交わり子を成すことなど出来るわけがなく、大自然から生まれ出るその存在はこの世界で唯一……精霊だけがもつ特殊な生態だった。

(……精霊と人の子など……)

キュリオは雲ひとつない真っ青な空を見上げ、小さく息をついた。

(精霊の国からの返事はわかりきっている。……そしてアオイはヴァンパイアでもない。本命は雷の国か死の国か……)

歩みを進めていくうちに、あたりを包む光の粒子が濃くなっていることに気づく。そして角を曲がったところで淡い光を身に纏った精霊王の使いである<光の精霊>の姿が視界に入った。彼女の切れ長の瞳は知的でクールな印象を与え、真っ白な髪は上半身を流れ腰のあたりで巻き髪となっている。そして身に纏う服さえ肌との境界線が見えず、まるで光の塊のような女性だった――。

「待たせたね」

数歩離れた場所からキュリオが<光の精霊>に声をかけると、無表情なその瞳に自身の姿が写る。すると彼女は流れるように近づき、目の前で深く一礼して口を開いた。

『……お久しぶりでございます悠久の王。……こちらを』

挨拶もそこそこに彼女は真っ白な腕を伸ばし、精霊王より託された一通の手紙をキュリオへ差し出した。

「……ありがとう」

わかりきった返事を目にするのだと理解しているが、一瞬キュリオの顔に緊張の色が走る。

『…………』

そのわずかな表情の変化を光の精霊は見逃さず、いつも冷静な悠久の王の心を揺らすほど、この件が重要な何かだということはすぐにわかった。
手紙を受け取ったキュリオはすぐさま中身を確認し、見慣れた筆跡に目を通す。……そして予想通りの文字を目にすると、無言のまま瞳を閉じてしまった。

『……ご期待に副えず……』

落胆したような彼の様子を見て光の精霊が言葉をそえると、キュリオは小さく首を横に振って答えた。

「……すまない、気を遣わせてしまったね。彼にも礼を言っておいておくれ」

『……御意』

それ以上は語らず、詮索もせず光の精霊は一礼すると来た通路を静かに戻っていく。
そしてその背を見送っているキュリオは、思ったよりも重く圧し掛かる失意に小さく呟いた。

「……過剰な期待は禁物だな……」

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