【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

冥王の返事

「キュリオ様、ご報告申し上げます。使者たちが到着いたしました」

「来たか」

家臣より報告を受けたキュリオが立ち上がると、待機していた従者らは王の後につづき奥の部屋へと移動を開始する。やがて王が定位置についたのを見届けると、立ち止まった大魔導師は一歩下がったところで使者を待つ。
 するとほどなくして扉が開き、ブラストを先頭に五人の使者たちが役目を終えて再び王の御前へと姿を現す。

「ただいま戻りましたキュリオ様っ!」

彼らは片膝をつき、一礼して顔を上げる。ブラストの声に疲れは見られず、後方にいる小さな魔導師と剣士の表情は幾分か精悍さを増してひとまわり成長したように見える。

「使者の務めご苦労だった。道中危険はなかったかい?」

アレスから加護の灯を受け取ったガーラントが、そのままキュリオのもとへと灯を運ぶ。

(役目を終えたあの羽はどうなさるんだろう……)

キュリオに問われたブラストがそのまま報告に入り、出発から各国を渡るまでの話を順を追って話はじめる。頷きながら聞いていた銀髪の王はおもむろに手のひらを広げると、なにもない空間から漆黒の羽を呼び寄せた。

(あれは……鳥の羽?)

そして加護の灯火を手にしたガーラントが傍にくると、その黒羽をうっとおしそうに見つめ、灯へと近づけた。すると――

――ゴォオオッ

と、激しい音を立てた漆黒の翼は銀の炎に焼かれ跡形もなくなってしまった。そしてキュリオの背後にいる大魔導師へ目を向けると、眉間に皺をよせ深刻な表情を浮かべていたガーラント。

(先生のあの表情、ただの鳥の羽ではなさそうだ……)

そんなことを考えていると、ブラストの報告は問題のあった吸血鬼の国と死の国へと移る。

「そのとき、アレスの腕を掴んで引きずり込もうとした女のヴァンパイアが、キュリオ様の加護の灯の制裁を受けまして――」

ブラストの言葉を最後まで聞かず、キュリオは不機嫌そうに声を重ねた。

「……あの国は王が未熟なのだ。下の者が痛い目に合えば、やつも少しは学習するだろう」

彼の鋭い口調からも、キュリオがヴァンパイアの王のことをよく思っていないことは一目瞭然だった。すると怯えたように肩をひそめたのは見習い剣士のカイだ。

『な、なぁアレス……悠久とあの国って何か因縁でもあんのかな……?』

『……君は少し勉強したほうがいいよ。あとで教えてあげる』

『わ、わりぃ……』

恥ずかしそうに頭をかくカイは教官の背を見つめながら続く報告に耳を傾ける。そして、その内容と今日一日の衝撃の出来事を照らしあわせるように思い返していた。

「それと……冥王の姿を見たわけではありませんが、我々が死の国の門を叩く前に彼から待ち伏せされていたような形で出くわしてしまい……アレスが心を読まれました」

ドキリとしたアレスが顔をあげると、ガーラントが驚いたようにこちらを見つめている。一方キュリオは表情を変えぬままブラストに先を促す。

「続けなさい」

「はっ! その後、キュリオ様の書簡に目を通すことなく冥王より返答がありました」

「……なに? それは本当か」

そこまで話すと、目を見開いたキュリオは身を乗り出すように食いついてくる。

「はい。"該当者なし"とのことです」

「…………」

まるで不本意な言葉をようやく飲み込むように静かに目を閉じた王だが、その表情には落胆の色が見え隠れしている。そして大魔導師ガーラントも唸るように顎に手を添え、動揺を隠し切れない様子だ。
 そんなキュリオとガーラントの反応にブラストたちが顔を見合わせていると、別の扉が開き、ひとりの家臣が小走りにキュリオのもとへと駆け寄っていく。そして耳打ちをしているところを見ると、急ぎの用件であることは明らかだった。

「わかった。通してくれ」

「畏まりました」

キュリオの承諾を受けた男は入ってきた扉からもう一度出ていく。そして彼が再び戻ってくると、その背後には雷の国の使者が屈強な顔ぶりを連ねていた――。

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