極上な彼の一途な独占欲

「あの男尊女卑男!」


事務所に戻るなりバッグを椅子に叩きつけた私に、社長の暢子(のぶこ)が他人事めいた笑い声をたてた。


「また伊吹さんとやり合ってきたの?」

「やり合ってなんてないよ、クライアント様だもの。にっこり笑ってすべてを保証してきたよ」

「それでよし。女の子たちも、でき悪くないんでしょ?」

「悪くない。むしろ例年よりいい子たちが集まってくれてる。飲み込みも早いし、なによりまじめなのがいいね。今回のオーディションは成功だよ」

「ふむ、あのキャスティング会社、つかまえとくか」


三好(みよし)暢子は大学の同級生だ。卒業後、広告制作会社にイベントプロモーターとして二年間勤め、その経験を生かしてこの会社を起ち上げた。

その際、大手出版社の下請け制作会社で、ファッション誌の企画制作をしていた私を誘ってくれたのが始まりだ。

10坪ほどのコンパクトな事務所があるのは、都内の"住みたい街"上位常連の駅。私鉄の駅から3分ほど歩くと、二階建ての白い建物が小さな広場を囲んで並ぶエリアがある。その一角がうちのオフィスだ。

従業員は私と、アシスタントの女の子がひとり。人数分のデスクはガラスとスチールでできており圧迫感がなく、衝立代わりのキャビネットの向こうに応接スペースが確保されている。

奥には資料室も兼ねた会議室がひとつ。暢子がこだわったキッチンはそれなりの調理ができる設備が整っていて、デザイナーズ物件だけあって内装も外装もスタイリッシュ。

軌道に乗るまでは固定の事務所を持つ余裕もなく、シェアオフィスで仕事をしていた。二年前にようやくこの物件を借りたときは、ふたりでリッツに泊まって祝杯をあげた。


「あーもう、頭に来る! あの男、そもそも女をバカにしてるの。コンパニオンなんてニコニコして立ってるだけのおバカさんと思ってるんだよ」

「なら、どうして女の子を使おうと思ったんだろうね?」

「知らないよ。オートショーにはつきものだから、脊髄反射で発注でもしたんじゃない?」


だがクライアントがどう考えようが、女の子たちは物じゃない。誰もがそうであるように、毎日体調も心も変化するひとりの人間で、仕事をするために連日オーディションを受け、自分自身を商品としてこの世界で戦っているのだ。


「まあ、あの男は体調も心も変化しないのかもしれないけど」

「いい男だし、金払いのいいクライアントなんだから、仲よくしなさいよ」

「どこがいい男なのよ。今日もね、不安だから習得必須項目をポイント化するって。期日までに基準値に届かなければクビだって言いだしたの。あんなにがんばってる子たちを見て、どうやったらそんなこと考えつくの? 悪魔!」

「でも、ポイントに達した子は使ってくれるってことでしょ? 女嫌いなのに」

「まあ…そうだけど」
< 2 / 180 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop