不審メールが繋げた想い
・終わりにする事で始まっていく事

地方なりの駅前の喧騒を抜け、走る通りはいつしか明かりの疎らな景色に変わっていた。

「お疲れ様でした、着きました」

あ、ここ…本当にホテルだ。…普通だ。ほっ。取り敢えずは良かった。

「そのまま、エレベーターで、直接お部屋に」

部屋番号を教えられ降ろされた。

「はい…解りました」

怪しく思われたりしないのだろうか。

「男の部屋になんて不安、ですよね。でも大丈夫ですよ。妙なことをする男ではありません。その点では大丈夫です。嘘ではありません。部屋を訪ねて会って頂ければ、本物だと直ぐに解って頂けます。私も一応別の部屋に待機して居ますから、何か不都合がありましたら私の携帯に直ぐ連絡を」

「は、い…」

…ふぅ。一緒には行ってくれないんだ。
ただでさえ不慣れな場所…。
ひきつる顔の口角をなんとか引き上げ、なるべく平然を装った、つもりだ。
ゆっくりとフロントを過ぎた。…はぁ、次に目指すはエレベーター。
ギクシャクした歩きでなんとか前までたどり着き、ボタンを押すと直ぐに開いた。逃げ込むように入った。慌てると余計不審者っぽくなるのに。人の目が追いかけて来ているような気がして、とにかく死角に早く入りたかった。
………ふぅ。緊張した……あ、…ボタン、押さなくちゃ。押すと動きを感じた。……当たり前だけど。ふぅ……やっと閉鎖された空間になった。
うわ…独特の浮遊感。上がり出してしまった。…当たり前だ。全部普通のこと。はぁぁ…、着いたら会うって事……。まだ理由も何も解らないというのに。
…部屋に行くなんて…。

チン。…速い……。もう着いてしまった。…ここにずっと居る訳にもいかない。降りなくちゃね…。
ドアから顔を出しキョロキョロした。……怪しい動き。本当、これじゃあ不審者。……静かね……誰も居ない…。当たり前のことか…痛っ。首を挟むところだった。…恥ずかしい。出なくちゃね。えっと…、部屋はどの辺りだろう…あ。丁度目の前にあった案内板に目をやった。近づいて確認した。…あった…ここだ。
指定された部屋はエレベーターからは遠かった。奥だ。……角部屋ってことだ。……。

廊下を歩く時間。あっという間だった気がする。…ここだ。
間違いない、間違いようがない。すぐ脇には非常口の扉があった。
部屋の前に立ち、肩が動く程呼吸して長く息を吐いた。…ふぅぅ。このドアの向こうにYさん…、Yさんと名乗る人が…居る。よし。行くわよ。
コン、コ、コン。ノックした。ぎこちなく小さい音になった。
まだどこか恐い気持ちが消えず、誰とも解らない人が居るかも知れないと思うと、緊張した身体は硬くなった。……各務さん、せめて会うまでは一緒に居てくれたら…。
ノックした軽く握ったはずの拳も開くことさえ忘れていた。気がつけば少し震えていた。その手を左手で包んだ。

「はい!」

あっ。…声。間違いなく中に人が居る。
間があって、ドアが開いた。
……あ。空気が動いた。…あっ。声にならなかった。

「はぁ…。着いたって連絡があったから。待っていましたよ。さあ、入ってください」

肉声と同時に日常では絶対会うはずのない顔がすぐ目の前に現れた。…Yさん、だ。…ふぅ。はぁ。この顔も、声も…。映画館で見た人と同じ。テレビで見る顔だ。それは間違いないと思った。思ったけど、…でも…。

「あ、あの…私…」

躊躇った。だって戸惑うでしょ?Yさんである事と部屋に入る事は別…。こうしてノコノコ来た私は、目の前の人にどう映ってるんだろう。飛んで火に入るなんとか、ですか。

「大丈夫です。このフロアに他の宿泊者は居ませんから。とにかく入ってください」

…え?…あ、そんな意味で躊躇している訳ではない。不信感やら色んなモノで…足が、踏み出せないのだ。

「さあ、入ってください。これではいつまで経っても話が出来ませんから。さあ」

あ、…。あまり見た事のない柔らかな笑顔に気を取られてしまった。多分さっきから目が離せないでいた。こんな顔で普段は笑うんだ…と思った。単純に…見惚れていたと思われたのかも知れない。
ボーッと見つめ、立ったまま動かずに居たせいだろうか。徐に手を引かれ、半ば強引とも思えるような力で引き込まれた。
…え?…え?

「部屋に入るって恐いですか?恐いですよね…貴女に会いたかったんです。俺は…、貴女と結婚したい…」

…。

「……えっ?!けっ…ご」

け、結婚?
喉に声が詰まった。パタンと後ろでドアが閉まった。あっ!ちょ、ちょっと、なに?!

「あ、あ、ちょっと。待ってください。あの、今、何て。これは、…あの、何のドッキリなんでしょうか?お、お話って…」

結婚…?ちょっと待って…、意味が解らない…。聞き間違い?パニックだ。結婚て言った。確かに聞こえた。聞き間違いじゃない、ような気がする。とにかく意味が解らない。な、に?会って話したい事って…これ?…そんな…やっぱりドッキリじゃない…。恐いからって思ってる気持ちを和ますため?そんなことに結婚なんて言葉、使う?じゃあ、話って、なに?

「……ドッキリ…」

呟いていた。

「…少し震えてるね…落ち着いて?びっくりしたんだね。ハハ、ドッキリなんかじゃないです。…結婚したいんです。貴女と」

引き込まれ、何と、抱きしめられていた。あ、有り得ない事が起きてしまっていた。

「あ、あ、あ、あの…ちょっ…あの」

な、に……なに…だから、一体…。この人は何を言ってるんだろう。すくんだままの足。身体も硬直状態になった。当然だ。

「はぁ…、会いたかった…。来てくれるって解っていても、どうなるか、こうして会うまで解らないし。とにかく居てもたってもいられなくて待ちくたびれた…」

そんな言葉と同時に腕を回し直された。まるで愛しい恋人に久し振りに会ったかのようだ。ギューッと抱きしめられた…尋常じゃない状況。…事件です。大変だ。週刊誌とか、大丈夫でしょうか。こんな事絶対あり得ない…やっぱりドッキリでしょ、これ。…会いたかったなんて、そんなのないでしょ?…それに…結婚したい?…そんな事言われる根拠がない。可笑しいことばかり言って。だから…こんな風に抱きしめられる事が全く解らない。どうして?
………難解過ぎる。ファンサービスの延長?それだって……、でも、そんな簡単にハグするタイプの人ではない…はず。……何、これ…。なに、……本当になんなの?

「あ、あの、こ、困ります、本当に。離してください」

「嫌?信じられない?」

…えあ、嫌って訊かれても……それは…。信じられない?あ、当たり前でしょ、…。何を言ってるのって話。びっくりし過ぎて…とにかく訳が解らなくて上手く言葉も出ないのよ。

「信じるも信じないも…とにかく…」

「もう大丈夫かな?座ろうか。でも離したくないな」

…え?はぁ?何言ってるんですか?こんな事も簡単に言う人じゃない、する人じゃない…と思う。…んだけど。

「あ、いや、待ってください。こんなの…駄目です。とにかく…」

この腕の中から早く解放して欲しい。そうよ、ずっと抱きしめられてる。こんなこと…心臓が破裂しそうだし。とにかく…訳が解らないのよ。私なんかに何してるの?離して貰わないと…こんなの困るのよ。

「んー、だけど話さなきゃいけないから、離さなきゃ駄目だよな」

…ややこしい。何言ってるの?…。漢字で話して欲しい。
私、顔、ポーッとなんかなってないよね?…理由云々以前の問題よ。結局この人は、私の好きな人なんだから…。訳も解らず、こんな事されるなんて困る…困るのよ!何してくれてるのよー。
< 14 / 80 >

この作品をシェア

pagetop