不審メールが繋げた想い
・不確かな事が実は確かな事

「…ねえ、ごめんユミちゃん…ちょっといい?」

コロコロと椅子ごと移動してデスクに近づいた。なにも今でなくてもいいんだけど。丁度周りに人が居なかったから。チャンスだと思った。

「はい…何ですかぁ?いいですよ、どうぞ?」

何気にブラインドタッチ…。書類、作ってるところを先輩が邪魔するなんて、本当ごめんね。

「仕事の話じゃないんだけど…」

「…え?」

「あ、ごめんね、邪魔して。…あのね…、教えてほしいの。無知で恥ずかしいんだけど。私、あんまり詳しくなくて、ちょっと聞くんだけど、変なメールとか来たことある?」

変なメールって言い方、それも変かしら。

「え?…はいはい、怪しいメールの事ですよね。ありますよ〜。そんなのバンバン来ますよ〜。常識です。削除が面倒なくらい来ます」

えっ?来るのは常識なの?!
トンとエンターキーを叩くと、眼鏡をクイッと上げ、捩った身体ごと顔がグッと寄って来た。

「ワッ!近い近い。あ、えっと、本当?」

思わず出た声に手で口を塞いだ。夜更かししてそうで顔色はあまり良くない印象だけど、……若いだけに肌が綺麗だわ…。羨ましい…。あ。それは今はいいのよ。
ユミちゃんは来て当たり前だと…。頻繁にって、そんなものなんだ…。私は一度来ただけでちょっとドキドキしてしまったんだけど。
少し後ろに椅子を転がし戻った。本人は全く意識してないようだけど、パーソナルスペースもだけど、ちょっと色々距離感の難しい子なのよね。

「はい。先輩、初めてなんですか?私、色んなサイト見ちゃうんで、その影響でそんなのしょっちゅうです。何にでも興味津々な年頃なので。へへ」

あ゙……“色んなの”見ちゃうのね……はいはい…、だからそんなの当たり前って顔ね。肩をグリグリ回している。

「…そうなんだ」

興味津々って、それはダークなサイト?若しくは色っぽいサイトなの?

「はい。え…、先輩、どうしたんです?今まで来なかったのが不思議なくらいですね。そんなメール、何もしないで放っておけば大丈夫ですよ?弄りました?何か…、架空請求とか来ちゃって困ってる系ですか?それだって相手にしなくていいんですよ?恐くなりがちですが、まともに取りあっちゃ駄目ですよ?無視です無視。
何か…最近検索して見ましたか?色々とその…」

カタカタとまたパソコンに入力をし始めた。困ってる系って…。その、何でも何々系って、系を付けてちょくちょく言うけど…。ま、今は話が進められなくなるから置いときますけどね。
たかが一度、不明なメールが来たくらいでドキドキしてる私のこと、ユミちゃんにしてみたら、きっとそんな事くらいでって、感じなのよね…とるに足らない悩みって。慣れたものね。

「ううん、そこまでは…、そんなのはないんだけどね。それにその…何かをね、検索して見たって事もないの。ちょっとね、不明なメールが来るようになったのよね。あ、頻繁とか沢山じゃないのよ?」

「へえ、どんな〜?開けました?どこまで開けてみました?内容はどうでしたか?リンク先とか張りつけてありました?あ、ちょっと色が変わってるURLとかです、そういうの」

「ううん。そんなところ開けてはないの。まだ読んでもないの。だから、リンク先?とかあるかも解らない。それはあったら開けちゃ駄目なモノくらいは知ってるんだけど。件名にね、お願いがありますってなってて、その次に来たのが、内容を読んで貰えませんかって感じの件名だった」

「あー、内容も見てないなんて、じゃあ何にせよまだ全然セーフなんですね。んー、件名とか入ってるといかにもって感じはしますけど…ぁ、ふぅ…ふ、…ごめんなさ~い、欠伸…」

「そうでしょ?あ、全然いいから」

退屈な話だったかな。

「…これ~」

ん?何?
……やっぱり見ない方がいいメールよね。
スーッとデスクの引き出しを開けたかと思うと、箱を出し、一つ渡された。香りが立った。チョコだ。

「へへ、内緒ですよ…、あげます、欠伸が出て来たので噛み殺しましたけど。酸欠になっちゃったので脳が。これは脳のご飯です。美味しいですよ?これ」

脳に?口に?どっちに美味しいって意味だろうか。まあいいわ。欠伸が出て来たって言ったけど、退屈な話を聞かせてしまったってことかしら?ただの疲れ?

「あ…はい、そう?そうなの?有難う。
そうでしょ?その後もまた来たの」

「同じアドレスで?それとも前を少し変えて後ろは同じとか、あの、@マークの後ろ、解ります?その反対とか…そんなのです?」

「ううん、多分全部同じ」

だと思う。詳しくないって言っても、さすがに@マークくらいは解りますけどね。

「う〜ん。じゃあそれ普通に普通のメール…心当たりがないなら単純に間違いメールじゃないですかね、登録してない不明なアドレスってことですもんね、それって。怪しいのはちょっと変えて沢山来る事が多いですよ?しつこいくらい頻繁に。一定期間大量にとかです。
でも間違いメールも、こっちにしてみれば、迷惑って言えば迷惑メールのうちになりますけどねぇ。ほら、身に覚えのない着信があると、やっぱり人を不用意に不安にさせますからね。ある度、苛っともして来ますから。
アドレスがずっと一緒でって、本当に普通の人が普通に送信先を間違えたのかも知れないです、そんな感じ〜。んー、間違うかな……間違いじゃないかも知れないし?…。あ…相手は先輩のアドレスを知ってるってことだよ……。でもそれ言っちゃうと恐がらせちゃうか……ん?メールは携帯の番号宛に来たもの?…どっち?あ、件名が入ってるんだった、開けてもないって言ってたから、件名って書いてあるんじゃなくて、件名のところにだよね。……やっぱり相手は、アドレス知ってるんだよ……」

「ん?」

途中から独り言みたいになってたようだけど。

「あ゙、変なメールって、何か胡散臭い感じのアドレスじゃないですか。因みにそれって、英数字が沢山入り乱れて並んでたりしました?例えば@の後ろは有りそうな会社のものとか。怪しい羅列?みたいな。表現が難しいですけど言ってる意味、解ります?」

言わんとすることは解った。

「うん、なんとなく解る。…ゔ〜ん、多分そんな感じじゃなかった。何て言うか、上手く言えないけど、普通の人が使ってそうなアドレスだった」

…何が普通の基準なのかそんなの解からないけどね。

「ん〜。どっちにしろ、自分に関わりのない物なら、無視してていいんじゃないですか?本当に用のある人なら、また違った形で連絡とかあるんじゃないですかね。メールじゃなくても電話とかでも。…そもそも…。
先輩が連絡先も知らないような関係の人が、お願いって言ってくるのって、可笑しいですから」

電話ね…。

「…そうよね。やっぱりちょっと変よね。うん、ごめんね、有難う。…仕事、しようか」

散々話させておいて…ごめんなさいね。

「は〜い。トン、もうできちゃいました。プリントアウト…っと。ちょっと取って来ま〜す」

「あ、はいはい」

…頻繁に迷惑メールが来てるなんて。この子は一体どんなサイトをどの程度見てるんだろう。
ただ、仕事が早い事は凄く認める。話しながら資料の作成を終わらせてしまったのね。…仕事の早い不思議ちゃんだ。
んんー、まあ、不審なメールは放っておきますか…。それが一番よね。
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