不審メールが繋げた想い
・いよいよこれからが本番

荷物の中から、もう一つ指輪を取り出した。婚約指輪だ。

「お疲れ様、詩織、あのさ…、大事な話が…」

「真さん、もう、これで終わりですよね?…これ、お返ししますね」

…掌に二つの指輪を乗せ差し出した。あ。手を取られて、指輪を嵌められた。

「何言ってる。してないと駄目じゃないか。結婚したんだ。詩織はもう俺の奥さんになったんだろ?」

「え、でも、それは…」

ここまでの、嘘の結婚。式も挙げたから、終わった。

「これ、見てくれないか?」

真さんが自分の指輪を抜いて内側を見せた。

「借り物なんかじゃないよ。今日の日。それから、M&S FOREVERってちゃんと彫ってあるだろ?詩織のは、この文字の間にブルーダイヤが嵌まってる。……ほら」

改めて抜かれて見せられた。M&S FOREVERの間にブルーダイヤとダイヤが寄り添うように埋め込まれていた。 

「ブルーダイヤモンドは幸福を呼ぶとか意味があるらしいよね?ダイヤと並べてあるのは、見たまま…、寄り添い合うって事なんだ。…詩織と俺だ」

ブルーダイヤの事は聞いた事がある。こんな風に、見えないところに嵌め込んだ方がいいとも。こんなところまで抜かりなくしてあるなんて…。まるで『本物』の結婚指輪。そこまでする必要はあるの?婚約指輪もそうだけど、形だけの指輪でいいのでは?

「奥さんでいてくれないと困るだろ?」

あ、それはだから…嫌な言い方だけどお母さんが元気な間はって事を言っているのでしょ?

「母さんには今はまだ事実婚って言ってある。急だから、俺の職業上、CM契約やら何やらの関係で、公にはまだできないからって。だからまだ一緒にも住めないって。先に噂がたってしまっては好き放題書かれてしまう恐れもあるからね。構わない時期が来たら、ちゃんと籍を入れて、一緒に暮らすのよ、って、言われたよ。…言われなくても、当たり前だそうするからって言った」

…それはない事なのに、…ふ…。…本当…上手に話して返事もするのね…。特殊な職業だからこそ、簡単に通用してしまう理由だ。それを息子に言われたら、疑いもしないだろう。これでは、誰だって騙されてしまう。…一般的にも、容姿のいい人からこんな事を言われたら…、芸能人だと偽って、それこそ詐欺にだって遭ってしまうかも知れない。メジャーな人でなくても、仕事はマスコミ関係だとか言われたら…、解らない世界の事はどうとだって言えてしまう。

「詩織?」

「…あ、は、い。あの、真さん…」

切ない考え事を巡らせていた。

「お腹空いただろ?ご飯食べに行こう?二人じゃない、各務も一緒だから」

二人きりじゃないのは、もしもの為のカムフラージュ…。恋人でもないのに誤解される写真なんか撮られたらそれこそややこしい。さっきも言ってた。私は…、はぁ…、直ぐこんな考え方をしてしまうようになってしまったんだ…。こっちの事を何も知らない私と、俳優のYさんでは身動きし辛いから、だから各務さんが居てくれているというのに…。

「昔から馴染みの、大丈夫なところ、頼んであるから」

場所は個室のあるお店…だとしても…もう。

「帰っては駄目ですか?」

「え?…詩織、何…どうして。用があったの?」

ゆっくり力なく首を振った。

「私、もう…帰りたいんです…」

「どうした?…詩織、疲れた?そうだよね、来てから直ぐずっとだったから疲れたよな。だったら場所はホテルにしようか…そうしよう、休めるし」

「真さん…」

何だかもう、そう…何もかも疲れた…。日帰りして、明日は普通に仕事にも行かなくてはいけない。…それが理由って事ではない。役目は果たしたし、もう、何もない。真さんだって言ってたじゃないですか、一緒に暮らす事はないって。これ以上親しくなるのは…関わるのは…もうしたくない。今まで通り、ただの…一ファンでいい。

「詩織…話があるんだ。結婚は本…」

「これ、荷物になりますけど。…要らなければ棄ててください」

押し付けるようにして今更のクリスマスプレゼントを渡した。ここは田舎ではない。外に出て通りに出たらタクシーは直ぐ拾えるだろう。後は駅に行って自分でチケットを買って帰ればいいだけだ。新幹線に乗ってしまえば、嫌でも勝手に帰り着ける。…新幹線じゃなくてもなんでもいい。行き先だけ間違わなければ何時になったって構わない。もう一度指輪を抜いて、手の中の婚約指輪と二つ揃えて渡した。

「詩織…、だから嵌めてないと駄目だって言ってるのに…。話だってあるんだ、大事な話…」

「…もういいですよね」

一緒に暮らさない、籍も入れない。振りなんだからそれは当たり前の事。だから私はもう要らないはずなんだ。もう、こんなのは…続けられない。
バッグを手に控え室を飛び出した。

「あ、詩織っ!」
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