ビルに願いを。

少し落ち着いてから、年齢であんなに取り乱したのを反省してコソコソと戻ると、またもクールに告げられた。

「どっちにしても変わらないから、敬語なしで、普通に丈って呼んで。上司命令ってことで」

アメリカンのくせに、日本人のツボをうまくついてきたね。

「わかりました」

「なに?」

「……わかった。よろしく、丈」

言いながら、不自然さにムズムズした。会社で偉い人呼び捨てとか、変すぎるよ。

「ジャパニーズは若く見えるなと思ってたんだよなあ」と楽しそうに呟く声が聞こえた。自分も日本人のくせに。

目が合ったら本当に可笑しそうに笑っていて「すねるってほうだよね、その顔は」と指摘された。

何も言えなくて身体ごと向きを変えて顔を見られないようにする。

勧められた講義で勉強しながら1日を終えた。視線をまた感じたような気がしたけれど、確認する勇気はなかった。

心臓に悪いんだよ、急に態度変えないでよ。なにあの笑顔。




日課になった帰り道の散歩をしながら、圭ちゃんもずっと年上なのに敬語やめてと言ったなって思い出す。

ほとんど会ったことのなかったはとこは私にとっては知らない大人だったのに、彼にとっては初めから家族だったらしい。

『家族なんだから敬語なんておかしいだろ』

私の頭をぐしゃぐしゃと撫でてそう言った。同じことでも上司命令とはえらい違いだ。



振り返って見えるB.C.squareをまた拝んで帰る。

クビにはなりませんように。

丈さん、いや、丈がこのまま機嫌よく仕事を教えてくれますように。

彼自身のために祈る気力は、今日は残っていなかった。


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