恋愛生活習慣病

act.9

「グローバルなお仕事してる冬也さんみたいな人ってもしかして朝ごはん食べてない人多いですか?」

「そうだな。忙しくて食べ損なう事は多いかもしれない。時差が違う国と会議をしたり、出張で行き来をしてると、何食食べたか分からなくなることはあるな」


ふむ。それならこれはどうかな。話ながら今思いついたんだけど。


「朝ごはん付き早朝ヨガってどう思います?」








それから三日後、不動産会社の社長と「少し話をして」くれた冬也さんから、社長は「気持ちよく」ヨガでVIPラウンジを使用する許可と低料金での利用を約束してくれたと契約書の画像が添付されたメールが届いた。

弱みをネタに言うこと聞いてもらったんじゃないよね……?
てか大企業の社長の弱み握ってるって冬也さん何者。

しかも私の会社には話を通しているので、後の事務的なことは会社でやってくれるから、私は企画立案にだけ専念すればいいとのこと。なんて至れり尽くせりなんだ!
ただのメシ友にここまでしてくれるなんて親切すぎる!
怖い上司って言ってたのを真に受けて、部下に厳しいとか思い込んでごめん。冬也さんはきっと優しい上司だね!

場所の確保はできたから、次は朝ごはんの件。

バランスの良い朝食を摂るまでを、朝ヨガの中に組み込みたいと思ったんだよね。
栄養面だけでなく体内時計を整えたり、夜の良質な睡眠確保にも繋がるから、ヨガと合わせればより良い効果があるんじゃないかなと思って。

フィットネスジムのキョウコ先生にこの話をしたら大賛成で、企画の方向性は決まったんだけど、洋食ではなくて和食でやりたいとか、その朝食はどこで調達するんだとか、食事内容は管理栄養士にも相談したいとかまだまだ考えたり調整しなくてはならないことも多い。

そんな訳で、VIPフロアに非会員でも出入りできる特別許可をもらい(この手続きが面倒だったんだけど、冬也さんが口添えしてくれたらなぜかすんなりいった)55階のレストランやカフェを回って協力してもらえる店舗を探したり、交渉したり、会社の総務や経理に相談したりと何だか大事になってきた。

もー、目が回るような忙しさってやつを体感しましたよ。

クリニックとフィットネスジムのダブルワークに加え、キョウコ先生とヨガのプログラムをスタジオで実践しながら内容を練って企画書作成。
自宅に帰るとやっとの思いでシャワーを浴びたら爆睡し、朝は早起きしてジムに出勤し朝練という日々。

外食はVIPラウンジで仕事を兼ねた朝ごはんかランチをするくらいで、友人たちとの飲み会も参加できない、そんな多忙な毎日だったんだけど。

すごく楽しかった。

今までにやったことが無い事ばかりで分からないことだらけだったけど、周囲が協力をしてくれたおかげで、企画がどんどん形になって具体的になっていくのがすごく楽しかった。

休日出勤や時間外勤務も多くなってしまったけど、のめり込んだらとことんやる性格も手伝って充実した日々を送った。

こんな前向きな気分、いつ以来だろう。わくわくした気持ちがアドレナリンをじゃんじゃん出している。
夜もだらだら起きていないで早く寝て、朝は早起きだから疲労はさほど溜まっていないし体も心も元気いっぱい毎日健康。



そして3か月後。


キョウコ先生と私の考えたビジネスマン向けのヨガ企画は快諾されて、今季の特別プログラムとしてスタートした。

フィットネスジムの月会費以外に1回参加するごとに別料金を頂くシステムにしたのだけど、55階での天空ヨガ・朝食付きという宣伝が効いたのか、週2回のクラスはたちまち予約で埋まった。

開始してからの反響も良く、定期的に通いたいと希望されるお客様が多くてすこぶる順調だ。

しばらく続けたら体調の良さになって効果が現れるはずだから、ずっと続けたいと思ってくれる方や、その方たちの口コミで興味を持ってくれる方が増えるはず。


そして私。

なんと10キロ痩せてました!拍手!

規則正しい生活と食事と運動が結果を出すってよーく理解できました。
結局それなんだよね。基本が大事。

忙しくなってから体重も計ってなかったし食事記録表を放り投げてたけど、気づいたら痩せてた。
私の場合、1か月3.1キロが適正減だけど、概ねいいペースでダイエットできてたらしい。
ここしばらく普通じゃない忙しさだったけど、これからは仕事も落ち着いてくるしこれ以上は減らないだろうからリバウンドしないようにしないと。

色々反省するところや決意するところがあるけど、今回の仕事(結果的にダイエットも)が上手くいったのは冬也さんのおかげだ。
冬也さんが色々と手助けしてくれたから、ここまでこれた。

まずはお礼を言わなければと、お時間があったら来週のお昼にでも会いたいという旨のメールをしたら速攻で電話が掛かってきた。


「今晩会おう。絶対」


って冬也さんにしては珍しく焦っているような声。
まあ私は仕事が無ければ基本暇人なので了解と返事した。
ダイエットも今日はひとまず休みにして、お礼に美味しいお肉でもご馳走しようかな。
今日は金曜日だし、明日、明後日は久しぶりに2連休だ。いやっほう。

ん、あれ?そういや冬也さんと会うの久しぶりかも。
ジムであっても挨拶だけしてバタバタしてたし、ランチや朝ごはんの誘いも断っていた。
メールも来てたけど寝落ちして……あ。返事してないかも。

会ったら謝っとこう。
そんな風に気楽に失礼なこと思ってたんだけど。


「3週間ぶりくらいですか?お久しぶりです、冬也さん」

「32日ぶりだよ、李紅」


冬也さん、怒ってました。

前にランチで来たことがある7階のステーキハウスを当日予約して、肉!肉!とウキウキしながら約束の19時より5分前に店に行ったら、Sな雰囲気を漂わせた無表情銀縁眼鏡の冬也さんがすでに待っていた。


「ごめんなさい。だいぶ待ちました?」

「今日は待っていない。でも連絡は待っていたよ。電話も出ないしメールの返事もないから」

「す、すみません……」


ひえええええええ!こわ……!
怒ってる怒ってるよ冬也さん!雰囲気、名前どおり冬ってる!


「電話はごめんなさい。あ、メールも。忙しくて仕事終わって家に帰ったらすぐ寝ちゃってて」

「会うのも避けていただろう」

「避けて……?そんなことないですよ。どうしてですか?」

「食事に誘っても断って、ジムで話しかけても逃げていたじゃないか」


ん?あれ?そんな風にとってたの?

そういう訳じゃなくてただ単にバタバタしてただけなんだけど。
無表情で怖いけど。

これ、もしかして………拗ねてる?


「避ける訳ないじゃないですかー。あはは、冬也さんたらちょっと会えないくらいで寂しがるなんて、よっぽど私が恋しかったんですねー」

「そうだよ」


あはは、は?


「李紅に会いたくて恋しくて、嫌われていたらどうしようと思っていた」


……へ?

テーブルに置いた私の手を、大切な物のように冬也さんの大きな手が包んで、ブルーがかった冬也さんの瞳が、眼鏡越しに真っ直ぐ私を射抜く。
またまたーそんなことある訳ないでしょーというツッコミをする雰囲気ではない。


あの。これは…。
こ、こ、これは……。


「あ、あの……」

「ん?」

「冬也さん、あの、えっと」

「何?」

「冬也さんもサーロインステーキのコースでいいですか?」


小休止。
無理。こういうの慣れてないのでプリーズ・ジャスト・ア・モーメント。
甘い雰囲気をぶった切った私は、飲んで食べることにした。

即、店員さんを呼んで勝手にA5和牛のサーロインプレミアムコースを二人前注文し、ワインは分からないので生ビールを頼み、冬也さんの飲み物は自分で選んでもらった。


「今日は私がご馳走しますね。今回の企画の件では本当にお世話になりました。冬也さんがいなかったらこんなに素敵な企画にもならなかったし上手くいかなかったと思います。ありがとうございました!」


座ったままだけど深々頭を下げて感謝を伝える。そのタイミングで飲み物が運ばれてきたので、じゃあ乾杯!とジョッキを掲げると、ごきゅごきゅビールを飲んだ。

勢いに呆気に取られている冬也さんの前にはアルコールではなく、硬水スパークリングウォーターとライム。
今の私にはそんなお洒落なものは必要ない。混乱気味の私に必要なのはアルコールだ。


「クリニックとジムのダブルワークはもうしばらく続くことになりました。あのヨガの企画、すごく好評で予約が3か月待ちなんですよ!」

「そう」

「来月からは、希望者だけですけど血液検査やバイタルのデータも取る予定なんです。高脂血症や高血圧、あと血糖値にも効果があるはずなんで数値化するとより効果が伝わるんじゃないかと思って」

「そうか」

「これを機会にうちのクリニックのナースも希望者はヨガ研修を受けれることになって、クリニックとジムの業務内容を大幅に見直す話まで出ていて、なんだかいろいろ変わりそうです」


あああああごめんなさい冬也さん。

勘違いかもしれないけど、さっきの甘い雰囲気は勘違いさせるのに十分な要素があって、男性とのご縁がない私めは、このような場合あれをどう解釈していいのか、また対応すればよいのかが分からないんですううううう。

混乱していて前菜やスープ、サラダの味がよく分からなかった私だけど、二杯目のビールを飲みメインのサーロインを口にした頃、ようやく冷静になってきた。
A5和牛の絶妙な焼き加減と上品な脂と肉汁が、私を現実に引き戻してくれたらしい。さすが極上肉。

……うん。さっきのは気のせい。

あれから冬也さんも妙に甘い雰囲気を出したり言ったりせず、いつもの冷静で大人な冬也さんになっていた。
美味しいお肉のエキスによって変な空気は封印されたのだ。

さっきのあれはいつもの妄想癖が出て変な解釈をしそうになっただけかもしれない。
うん、そうだ、そうだよ。

後半はようやく私もいつものペースに戻ってデザートまで完食した。ふう満足。




その後。

お店を出ていつもみたいに挨拶してそのまま帰ればよかったのに「せっかくだから54階のバーに寄らないか?上層階の夜の景色は見たことが無いと言っていただろう?」という誘い乗ったのがいけなかった。

バーラウンジはバーテンダーもお客さんもイケメンだらけという噂を思い出して、うっかり頷いてしまった。

程よく疲れた心身にすでにジョッキ3杯のビールを吸収していた私は、高層階の宝石を散りばめたような景色とイケメンのバーテンダーの作る美味しくて美しいカクテルに酔い、目の前の極上な眼鏡美形に酔った。

気がつくと朝で。
目の前に眼鏡を外した極上な美形が寝ていた。
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