ドストライクの男
06)ファーストキス

あれはル・レッドに入学して三年ほど経った晴れやかな日のことだ……。
小鳥は九歳の忘れられない日のことを思い浮かべる。


「ここに居たんだ」

同級生のミチェルが燃えるような赤毛をなびかせ、大声を上げ、図書館に入ってきた。

「小鳥ちゃん、また本を読んでいるの?」
「しー、ミチェル」

目で彼女を制するが、彼女は悪びれた様子もなく、そばかすいっぱいの顔に笑みを浮かべ小鳥の横に座る。

「何か用かしら?」

元気いっぱいヒマワリ娘の彼女が図書館に姿を現すこと自体珍しく、天変地異が起こったも同然だ。余程のことがあったのだろう、と小鳥は推測し、問う。

「あっ、いけない!」とミチェルはパンと両手を合わせ、含み笑いを浮かべると、思い出したように囁く。

どうやら小鳥の推測は外れたようだ。

「白鳥様がお探しよ」
「白鳥?」

聞き覚えのない名前に首を傾げると、小鳥以上に不思議な表情でミチェルが聞く。

「えっと……もしかしたら、知らないの、白鳥様のこと」

コクンと頷く小鳥にミチェルは「ウソッ!」と小さく息を飲む。
それから額に手を置き大きく息を吐く。

「彼のことを知らない人がこの学校にいたとは、っていうか、天才でも知らないことがあるのね」

信じられない、とフルフル首を左右に振る。

「白鳥光一郎、私たちの五歳上。でも飛び級で既に高等学部に在籍。世界のKOGOグループ次期総帥、白鳥佑都ことウィリアム・佑都・ミラーの祖母方の又従兄弟でグランドステイKOGOの次期社長と噂高い男」

ミチェルのイケメンデーターは確実だ。
ただ、小鳥はそのデーターが無用の長物に思えて仕方なかった。

「おまけに白鳥様ったら、王子や貴族にも負けない気品と美貌の持ち主で、学年を超え人気高い人物なのよ」

両手を胸の辺りで組み、ミチェルはウットリと窓の外に見える青い空を見る。

「そう、まるで苗字の如く白鳥のような」

だが、何となくその時、その無用の長物が有益な情報に変化したかもしれないと小鳥は思った。これから、白鳥光一郎なる者と対するなら、彼の情報を入手しておくのは有益だ、と思ったからだ。

そして、今、この時、ミチェルを見る目が改まった。
それ故、世の中に『無駄』な知識などないのだな……と見解を修正した。

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