癒しの田中さんとカフェのまみちゃん
52F~Side Satoshi
仕事をしていると突然、親父からメールが入った。

【まみちゃんはらちった。今、管理室にいる。】

年甲斐もなく「拉致った」ってなんだよ。
それもひらがな。
おそらく、彼にとっては孫にあたる賢人から
教えてもらったことばなのだろう。

先月、親父はB.C.Building Inc.の社長職を
副社長だった兄に譲り、自分は会長職に就いた。
その分、時間に余裕ができたようだ。
何を企んでいるのやら、
管理スタッフの田中さんとして
時折ビル内をふらついているらしい。

俺は真美奈と付き合うこととなり
「管理スタッフの田中さん」に扮する必要がなくなった。
井口を利用して、田中さん病気退職説を流し、
「管理スタッフの田中さん」の存在はなくなったはずだった。
親父はそれを利用して、面白がっていた。

親子だからもちろん、
俺と親父は顔は似ているが、
輪郭とか体型とか違う。
腎臓病だか心臓病だかでむくみがひどいという
病み上がりの設定に仕立て上げ、
これまでの俺と同一人物であるかのような
ふるまいをしている。全く困ったものだ。

今日のこのメールで、
親父が「癒しの田中さん」になったのは、
真美奈の品定めが目的だったのかもしれないと思った。
親父が真美奈を傷つけるのではないか。
不安になった俺は急いで管理室へと向かった。

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