心理戦の100万円アプリ

ギャンブラーの賢次

 タクシー乗り場で順番を待ちながらアプリを見る。マイナス126か、残り一日半。さっきのは得意の心理戦ジャンルだった。

 普通はあれが主流のはずだ、キャバクラの優子は勝負にすらならなかった。モヒカンは特殊すぎる、みんな自分の理論に何か特技を載せようとしてくる。ポマードみたいな失敗はいただけないが。

 基本はさっきの心理戦、そして何よりスラッシャーが多くなる傾向にある。
 当然だ、ヒーラーされたら大金を失うのに反撃しないやつはいない。
 とりあえず次にいくか、もうすっかり慣れた顔つきでタクシーに乗り込む。

「とりあえず西へお願いします」

 肘を窓に置き顎を乗せて思考回路を心の中でプツンと切る。時間が狂った感覚で、紙芝居でも見る様に勝負する度に事態や心境が変化していく。

 陽が落ちて行くのを眺めて頭を休憩させながら、赤く滲むぼんやりとした夕日が美しく見えた。
 我に帰る時の自分に驚いた、毎日見ている景色が綺麗だなんて、まあそれもいいか。もう少し日が落ちるまで見てみるか。

 夕暮れ過ぎにバイブレーションが示す所についたのは、怪しい雰囲気の居酒屋やBARなどが並ぶ所についた。

「ここら辺ですかお客さん」

「少し徐行して下さい。もう少し先です」

 完全に敵の得意のフィールドに来たみたいだ、相手も巣を作って待ってるはず。
 緊張と同時にバックミラーで自分の目を見る。柔らかな瞳が誰も寄せ付けない尖った目つきになる。

「このBARの前でお願いします」

 低い声で会計を済ますのは、プレイヤーと遭遇する前の最後の集中力テストだ。バイブレーションを頼りに地下へと続くBARに入る。
 薄暗い間接証明だけの丸いテーブルがいくつもある中に、茶髪の黒いパーカーを着た少し歳下を匂わせる若さの男が奥で1人で飲んでいる。

 客は1人、この茶髪だけだ。バイブレーションも近づく度にどんどんでかくなる。
 僕は黙って相席して座る。
 グラスに手をやり、俯いた茶髪は少し間を置くと、カランと酒を飲み干すと、虚ろな目でこちらを見る。

「プレイヤーだろ? 勝負するか?」

「待ってくれ、勝負の前に酒なんか飲んでていいのか?」

「いいんだよ俺は。で、やんの?」

「待って1つだけ頼みがある」

「頼みはいいが、その代わりこちらのゲームに付き合ってもらう」

 ゲーム? 何だ。無茶苦茶なゲームじゃないだろうな、怪しい、危ない、危険! だがもう勝負をしないと期間内にクリアは望めないし、それに勝てば問題ない。

「頼みはキチンとした心理戦をする事」

「うんいいよ、元々そのルールだしな、じゃあ……いいね?」

 一瞬断りたくなる念の押されかたに少し躊躇して頷く。

「ハートブレイク」

 茶髪の虚ろな目にすっと赤い感情が宿り、自分を殺すのではないかと思う程の視線が心臓を射抜いてきた。
「俺も、ハートブレイク」

「まず自己紹介だけ……」

「いやいや、まずゲームの約束だ」

 茶髪は手を出して会話を遮る。

「なんのゲーム? 心理戦以外やらないよ」

 気圧されてはダメだ、こっちも殺す気で睨む。

「簡単さ、2人でババ抜き。それで勝ったほうは、相手に質問ができる。負けたほうはそれに答えないといけないって事だ。心理戦だろ? 全部。これを受けないと約束は破られた事になる」

 ババ抜き? 2人で? イカサマし放題じゃないか。しかし約束は反故できない、有利に話しを進めるしかない。
 
「イカサマを見破ったら全てゲームを放棄してスラッシャーされてもらうがいいか?」

 茶髪はテーブルの上のぼんやり光るケータイに目をやる。

「ねえ聞いてる?」

 するとあのボーカロイド声が聞こえる。

「はい観ておりますので、どうされましたか?」

 こんな使い方あったのか。

「俺またババ抜きするけど俺がイカサマ発覚したら、残りポイント全部向こうに渡す、つまり負けにできるか?」

 また……? 毎回ババ抜きしてんのか? それがコイツの得意の分野って事か。

「はい大丈夫です。今回のハートブレイクに限り不正行為は、確認次第即負けというルールを適応します。」

 これで不正はほぼなくなったか、怪しい動きはその都度イカサマ確認したらいい。
 茶髪はズボンからタバコとライター、トランプを机に置く。

「じゃあ始めるけど、五枚づつから勝負しよう。最初からやると面倒だからな」

 まず相手の出方を見ながら集中するしかないな。
 無言のまま茶髪はタバコを吸いながらカードを配る。
 五枚ずつから勝負するので、あっと言う間に山場がくる。茶髪の二枚のうちジョーカーを引けば延長、反対を引いたら勝ちという所にくる。


 茶髪は1枚だけ上にカードを上げてきて、こっちの目を見て反応を見ているようだ。
 ギャンブルでもあるが、心理戦だなこの場合。僕はあえて上に目立つカードを時間を空けずに引いた。ジョーカーじゃない、僕はほっとタバコを取り出し火を着ける。

 しばらく考えて、思いついた。勝者の特権である質問をする。

「まず、この勝負に何を隠しているかだ」

 嘘をつかれると困るがリスクも高い。これで1番モヤモヤした所が消えて、イカサマも見破れる。

 茶髪はタバコをグリグリ灰皿に押し付けた。

「いきなりそんな事聞くかなぁー? まずは自己紹介と思ってたけど、成る程困った質問だ。質問に答えるよ。俺はプロのギャンブラーだ。カジノとかで雇われた人が客の相手をするやつさ」

 プロのギャンブラー? 永遠にババ抜き負けたら、勝ち目がない。
 いや、最初は勝たせて熱くさせてから負けさすのが向こうのセオリー。

 だがこの場合質問内容で勝負はすぐ決まる、『傷つく言葉は』と質問すれば他の情報があればすぐスラッシャーできる。さっきはたまたま勝てただけか?

「雑談しながらババ抜きはできるのか?」

「全然大丈夫」

 茶髪はマジシャンの様に11枚しかないトランプをシャッフルして、見とれてしまう様な流れでトランプが配られる。

「ババ抜き得意なの?」

「生まれて初めて覚えたのがこのババ抜きでさ。はっきりいって癖を読む、顔に出るとか意外はギャンブルの中では、イカサマ無しでは得意もくそもないよ」

 また勝負どころがくる。今度は茶髪が引く番。ジョーカーをひけば延長、他は負け、駆引きでは勝てる気がしない。

 自分でもどちらか解らない様にカードをシャッフルさせ、カードを二枚テーブルに置き、手を被せて反応を見る、これなら2分の1。

「上か?下か?」

 すると茶髪はテーブルを軽く叩き、クスクスと笑い出した。

「小学生の時にそれ流行ったよね、でもいいやり方だ。顔読んでも仕方ないもんな。君頭いいな。俺、長島賢次」

「僕は渡辺優、さあ上か? 下か?」

 茶髪は笑いを抑え、肩を揺らして置かれた手を見る。

「うーん、上。上だ」

 残されたカードを見るとジョーカー、負けだ。

「優くん、じゃあ……」

 僕は神経をハリネズミの用にとがらせる。

「親友にするならどんなやつがいい?」

 はぁ? これが質問? 友情関係から崩すつもりか?

 空のグラスを見つめながら、少し間を置く。とてもスラッシャーやヒーラーにまだ繋がるワードとは思えない。

「一緒に毎日の用にハメ外せる馬鹿かな」

 茶髪はテーブルを両手で二回叩くと子供の様にテンションを上げる。

「まじ? 一緒じゃん! 仲良くできるんじゃね?」
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