教師と教え子
教師と教え子

人を愛する事には様々な形がある。
相思相愛になり互いに幸せを追い求めていく形。
片思いのまま相手の幸福を静かに願いながら諦めていく形。
そして、実らぬ恋に絶望し相手を呪ってしまう歪な形もこの世に確かに存在している。

その依頼人達は空がどんよりと曇っている時にやってきた。
「所長。田中様をお連れしました」
 年上の女性ではあるが役職的には私の助手という扱いになっている広子さんが探偵事務所の扉を開いて今日の依頼人を中へ招き入れる。
「迷っていたところをわざわざ案内までして頂いて恐縮です。おまけに不調だった原付のエンジンの面倒まで見ていただいて」
「いえいえ、私も原付乗りですから困った時はお互い様です」
 入ってきたのは広子さんを除いて2人。そのうちの一人であるグレーのスーツを着た少し腹の出た中年の男が迎えに外まで出てくれた広子さんに深く頭を下げる。
もう一人は中年男の後ろで両手で顔を隠し、静かに泣く制服姿の黒髪少女だった。
「どうぞ、こちらです」
 広子さんに案内された2人は事務所中央にあるソファに腰を掛け、机を挟んで私と対面する形となった。
 冴えない中年男と今も何故か泣き続ける制服姿の少女。異様な組み合わせだが私は気にすることなく話し出す。
「どうも、この事務所の所長を務めています市河といいます」
 胸ポケットから名刺を出して中年男に丁寧に両手で渡すと、男の方も私につられてスーツの内ポケットにしまったケースから一枚名刺を取り出してこちらに渡してくれた。
「田中幸平さん……高校教師の方でしたか」
 私は受け取った名刺の内容を読み上げた。
「ええ……女子高で数学の授業を受け持っています」
(なるほど、一見して接点の無さそうなこの2人は女子高の教師とその教え子といったところか)
私は田中の右隣に座った少女をちらりと見ると、いつの間にか泣き止んでいた少女と目が合い、少女は少し居心地が悪そうに顔を伏せた。
「お話中失礼します。コーヒーをお持ちいたしました」
 給湯室から出てきた広子さんが私と田中の前に小皿に乗ったコーヒーカップを置いて自分の事務席へと戻っていったので私はコーヒーを一口啜って話を進めることにする。
「それで、今回はどのようなご依頼でしょうか?」
「……人探しをお願いしたいのです」
 教え子と2人で探偵事務所に来るような者がどんな突拍子も無い内容を口するかと私は内心で身構えていたが、田中が口した依頼は探偵のオーソドックスな仕事である人探しであることを知りほっとする。
「人探しですか。それで、どなたをお探しになっているのでしょう」
 私が訪ねると田中は少しばつが悪そうに眉間に皺を寄せながらも重々しく口を開いて探している人物の名前を口にした。
「遠藤加奈子……私の教え子です。昨日から行方知らずでご両親やクラスメイトの友人達も心配して加奈子の携帯に電話をかけてはいるのですが、どうも電源が切られているようで」
「そこで、私に加奈子さんの捜索をしてほしいと」
「はい。もちろん警察にも相談したのですが何しろいなくなってからまだあまり時間が経っていないものですからまともに取り合ってはもらえませんでした」
 私はもう一度ちらりと田中の横に座る女子生徒を見る。
いまだに顔を伏せたままだが先程まで泣き止んでいた彼女の頬にはまた新しい涙が滑り落ちていた。
恐らくこの子は遠藤加奈子の親友なのだろうと確信し、私はこの子の涙の訳をようやく理解する事が出来た。
しかし解せない事がまだある。
「お願いします市河さん。大事になる前に私の教え子、遠藤を見つけ出して下さい」
 なぜこの田中と少女は遠藤加奈子をここまで必死に追っているのだろう。
思春期の家出などはよくある話だし、警察の言う通り加奈子がいなくなったのは昨日からで1ヶ月も行方不明というわけではない。
たかだか1日そこら家に帰ってこないくらいで騒ぎすぎではなかろうか?
大体、加奈子の両親ではなく担任の教師と友人が金を払ってまで探偵に依頼をしてくるなんて不自然ではないか?
私は頭に浮かんだ疑問を払拭するために田中に直接聞いてみることにした。
「何か随分と焦っておられるようですが、よろしければ加奈子さんがいなくなる前の様子などお聞かせいただけませんか?」
 質問をぶつけられた田中は顔を少し青ざめながら、観念したように話始めた。
「実は私、学校では遠藤に随分と懐かれていまして」
「はぁ」
「最初は腕を組んだり、背中から抱きついてくるのも最近の女子高生なりのスキンシップか女子高ではあまり多く見ない男性教員を馬鹿にしているものだと思っていたのです」
「それが……そうではなかった?」
 私は田中の話の先を何となく察してしまった。
「はい。彼女にすればいずれも私にアプローチをかけていたようで、昨日とうとう学校で面と向かって加奈子の想いを聞かされました」
「それで、田中さんは何と?」
「もちろん断りました。教師と生徒が交際なんて出来るわけが無いし、何より私には恋人がいると言って……」
少しだけ沈黙した後、田中は恐ろしそうに小刻みに震えながら話を続けた。
「そうしたら加奈子は急に私の首に掴みかかってきたのです。裏切られた! 絶対に許さないと叫びながら」
「随分と激しい気性をお持ちの生徒さんですね」
「私が必死になって加奈子を振りほどくと、今度は死んでやる、呪ってやると叫びながら学校を飛び出していきました」
 話を終えた田中は右隣に座る女生徒と同じように俯く。
「なるほど。田中さんのお話はよく理解しました」
「どうか加奈子の捜索を引き受けて下さい。彼女が間違いを起こしてしまう前に!」
 加奈子が生きているのかどうかは解らないが昨日いなくなった子供を一人見つけ出すことくらいならば恐らく容易に見つけられると踏んだ私は胸ポケットからメモ帳を取り出して開き、右手にペンを握って使えそうな情報を集めることにした。 
「加奈子さんの容姿の特徴などは解りますか? というよりも写真などがあれば後ほど頂ければと思うのですが」
「ああ、申し訳無い。私としたことが気持ちが焦って肝心の写真を見せるのを忘れていましたね」
 スーツのポケットから写真を一枚取り出した田中はそれを私に手渡す。
「沖縄に修学旅行に行った時の物です」
 写真にはアップで写っている加奈子が旅館内で笑顔でピースサインをしていた。
私は前にいる2人を数秒見て、写真を田中へと返して言った。
「田中さん。今更で申し訳無いが今回の件は私一人の手に負えるようなものではない気がしてきました」
「そんな! 市河さん!」
「申し訳無いがお引取りを」
 しばらく田中は食い下がってきたが私は頑として今回の依頼を受ける気が無い事を伝えると、田中は諦めて女生徒と一緒に事務所を出て行った。
「いいんですか所長? 仕事断っちゃって」
「ねぇ広子さん」
 依頼を蹴った私に不満げな広子さんに私は恐る恐る尋ねた。

「さっきまで、俺の前には田中さんしかいなかったよな?」

私の問いに対し広子さんは訳がわからないという顔をしながらも「ええ。田中さん一人だけでしたよ」と答えた。
その瞬間私の背中に猛烈な寒気が走り身震いする。
思えば最初から何か変だった。
依頼人が最初にここへ来たとき広子さんは田中が来たとしか言わなかった。
原付でここまできた田中。
今も机に置かれている〝私と田中だけ〟に淹れられたコーヒー。
隣に女生徒がいるにも関わらず加奈子にアプローチされていたことをべらべらと話す教師。
そしてあの写真。
「何で断ったんですか?」
「探す必要なんてなかったんだよ」
田中から渡された写真を見た時、私の目には2人の加奈子が映っていた。
写真に写る笑顔の加奈子、そしてもう一人。
ソファの上で涙で充血した両目を開き、隣にいる田中を恨むような恐ろしい形相で睨む加奈子が確かに私の目には見えていたのだ。

その数日後、風の噂で私の耳にある情報が入ってきた。
田中の勤める学校近くの廃ビルで首を吊っていた加奈子の遺体が発見されたそうだ。
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