『アタシ、きっと後悔してる。たとえ、施設に放り込むようなことになっても、殺すよりもずっとマシだったんじゃないかって……ずっと後悔してる』


 私の胸の痛みをどんなに深くえぐっても、きっと啓子の痛みには届かない。


『だって、泣いてた。産声、上げて……生きて産まれてきたのに、アタシが殺したんだ!!』


 その言葉に、私は息を呑んだ。

 やっぱり啓子は中期中絶だったんだ。

 初期中絶は、赤ちゃんをお腹の中でバラバラにして取り出す。
 だけど、中期中絶は赤ちゃんが大きく育ちすぎていてそうは出来ない。
 だから、中期中絶は通常の出産みたいに陣痛を起こして無理やり産ませる。
 産まれてきても生きることの出来ない未熟な赤ちゃんを、無理やりお腹から追い出すんだ。
 そして、わざと死産させる。

 なんの処置も施さずに、処置の施しようもない。
 それぐらい小さな赤ちゃんを、死ぬまで見守り続ける。

 お腹に風船みたいなのを入れて無理やり膨らませたり、薬で無理やり陣痛を起こす。
 人工的な陣痛は通常の分娩を上回る激痛だっていう。
 あまりの痛さに暴れる患者さんも多いって聞いた。

 入院して何日もかけて、赤ちゃんを死なせるために産む。

 未熟なまま体外に排出された赤ちゃんは、産声を上げることもあるって。
 中期中絶は麻酔をしないことも多いから、啓子はその声を聞いたのかもしれない。
 まだ呼吸が上手く出来ない赤ちゃんの産声。
 それが消えていくのも、聞いたの?

 辛い陣痛も、赤ちゃんを抱いた瞬間に喜びに変わるって。
 赤ちゃんを抱いた瞬間に陣痛の長い苦しみも消え去って、だからまた赤ちゃんを産むことが出来るって。
 そう、世間のお母さんたちは言う。

 じゃあ、啓子は?

 体だけじゃなくて心も傷ついて、今も血を流してる。
 啓子の赤ちゃんも……?

 中期中絶した赤ちゃんは死産届けを出して、火葬する。
 啓子は、赤ちゃんに会ったのかな。
 赤ちゃんを、抱いたのかな?


『それなのに、それなのに、千奈美が赤ちゃんを産んだりしたら…………アタシは許せない。許さない!!』


 啓子は、誰を赦せないんだろう。


『やっぱり産みたかったなんて思っても、もう帰ってこない。還ってこない! だって、だって……アタシが殺したんだもん!』


 千奈美が何度も自分の手をコンクリートに叩きつけていた光景が脳裏によみがえる。


『なのに、千奈美だけ赤ちゃんと幸せになるなんてダメ。ぜったいに、ダメなのっ!』


 まるで、自傷行為のような言葉だった。


『お願い……生まないで……』


 啓子の声が遠のいて、ガシャンと電話の向こうでなにかが落ちる音がした。

 啓子のすすり泣く声が遠い。


「啓子……」


 しばらく電話口で啓子の息遣いを聞いていると、荒くなった呼吸がゆっくりと整えられていく。
 それでも止まらない嗚咽の合間で一瞬息を止め、啓子は私に言った。


『朋絵。アタシのこと……軽蔑していいよ』