行雲流水 花に嵐
第六章
「おお旦那。道中何事もなかったかい?」

 次の日の夕刻。
 宗十郎は要蔵の小者・浅吉が持ってきた着物で虚無僧に姿を変え、要蔵の離れに入った。
 虚無僧は顔をすっぽり隠す深編笠を被り、刀を差しているので、武士の変装にはもってこいなのだ。

「悪いな。しばし世話になる」

 笠を取って行った宗十郎を奥に促しながら、要蔵は咥えていた煙管から、ふぅっと息を吐いた。

「何、構わねぇ。旦那さえ良ければ、あんなぼろ長屋なんかじゃなく、いつでもここを明け渡すつもりだぜ」

「俺にこんな小奇麗な屋敷は似合わねぇよ」

「そう思って、強くは勧めねぇのよ」

 座敷に入って一時すると、浅吉が酒を運んできた。

「ま、一杯やってくれ」

 要蔵と杯を傾けながら、今わかっていることの報告を受ける。

「旦那の存在が知れましたかい。まぁ旦那が大っぴらに動くのは最後の最後だ。それまでは派手に動かず、ここでゆっくりしていればいい」

「けどそう猶予もねぇだろ。上月の家への、亀屋側からの期限もあるだろうしな」

 そうそう、と要蔵が、煙管をかつん、と煙草盆に打ち付けた。

「昨日、また上月家から連絡が入ってな。脅しもそろそろ本格的になってきたようだ」

 そう言って、要蔵は懐からくしゃくしゃの紙を取り出し、宗十郎の前に置いた。

「汚ぇ紙だな」

「お武家のお屋敷に乗り込む勇気はなかったらしいな。投げ文だ」

 小石を包んだ紙を、上月の屋敷に投げ込んだらしい。
 手に取ってみると、汚い字で要求が書かれてある。
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