わたしは一生に一度の恋をしました
壊れゆく平穏
 暖かい日々はあっという間に終わりを立ち去って行った。受験生で成績がきわどいわたしには、そんな四季の様相を楽しんでいる余裕もなかった。わたしにはそれでよかったのだと思う。今はお父さんのことであれこれ考えたくなかったのだ。

 三島さんはあれからお父さんの話には触れなかった。あの森で聞いていた人についても話題に上ることは一度もなかった。彼はわたしの家庭教師のように、勉強を頻繁に見てくれていた。

 真一も以前と同じようにわたしと接してくれていた。彼には辛い選択だったかもしれないが、それがわたしを安心させていた。

 大学は三島さんと同じ学校に決めた。ここからだと通えなくもないが、おばあちゃんと話し合い、大学の近くで一人暮らしをすることになった。今までのように一緒にすめなくはなるが、おばあちゃんもたまになら遊びに来てくれると約束してくれたのだ。

 わたしが無難に大学に合格したら、春までしかここに住まないことになっていた。


 今日は冬休みの初日だった。だが、今日も三島さんに勉強を教えてもらうことになっていた。

 学校の空き教室は受験生に提供されているので、学校で教わる予定だ。千恵子さんは自分の家でもいいと言ってくれていたが、そう毎日のように厄介になるわけにもいかなかった。

 わたしが学校に行こうと家を出たとき、背後から呼び止められた。

 低い声にわたしは身を震わせた。そこに立っていたのは高宮和幸だった。

 彼は黒いコートを身に纏い、首元には紺のマフラーをしていた。テレビで見る俳優などよりも格好良い。

 もしこの人がわたしと何の関係もない人間だったら見惚れていただろう。

 彼はこの間のように怒りを露にすることなく、わたしと目が合うと目を細めた。

「呼び止めて悪いね」

 彼は苦笑いを浮かべていた。彼の表情からわたしは自分がしかめ面をしていたことに気付いた。
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