祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
第四章

必然へ向かって

どうか、どうか私のそばにいらしてください。ヴィルヘルム陛下
それが私の望みです。それが私に求められていることなのです。
ですから、どうか私を――



「おやめ、ください。陛下、どうかお許しを」

 月さえも雲に隠れて、夜の暗闇が光を遮っている。しんと静まり返っている城のある一角で、女のすすり泣く声が響いている。哀願するような泣き方だった。しかし、それに対峙する者は、なんの感情も動かされない。

 男が一歩近づく度に、髪を振り乱し、女は身を捩って必死に抵抗するが、その形相はより一層、険しいものになっていった。ヴィルヘルムは、かまわずにまた足を踏み出し、遠慮なく距離を縮めていく。

 その口から紡がれるラタイン語が凛と響くと、女は苦悶に満ちた顔でなにかを嘔吐した。床には固い金属音が響く。鼻をつく臭いと共に吐き出されたのは無数の釘や針金のようなものだった。

 吐き出すときに傷ついたのか、口の中は真っ赤だ。それなのに女は笑っている。妖艶に誘うかのような不敵な笑みを。口端が裂けそうになるほど高く上げている。

 普通の者が見たら、目を背けたくなるような光景だった。けれどもヴィルヘルムは女から目を逸らさずに、十字を切って力強く言葉を続ける。

 すると、女は後ろからなにかに突かれたような、弾かれたような衝撃を受けて、その場に倒れこんだ。

 しばらくその場から誰も動けない。ややあってクルトが警戒しつつも女の元に近づき、様子を確認した。失神している女の顔には生気がないが、息はかすかにある。

「これで何件目だ?」

 まるで息を止めていたかのように深く呼吸し、王は言葉を吐き出した。正確にその答えは返ってこなかったが、ここ数週間で四回目の祓魔だ。

 この数は異様だ。少なくとも、ヴィルヘルムはこんな間隔の短さを経験したことがない。しかも同じ場所でばかり、ここ後宮でのことだ。
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