祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「陛下、その右手の甲はどうされたんですか!?」

 翌日、執務室に顔を出したクルトは開口一番に尋ねた。まるで命に関わるほどの重症だと言わんばかりの勢いである。この目敏さをヴィルヘルムは買っているが、こうして間が悪いときもあるのが難点だ。

「べつに、たいしたことはない」

 そう言って渡されていた書類に目を通したが、それでなかったことになるわけがない。さらに詰め寄ってくるクルトに、改めて自分の右手の甲を確認した。そこには薄っすらと滲むような赤い引っかき傷が、いくらかついていた。まるで、そう

「猫にやられたんだ」

「猫、ですか?」

 クルトは不審そうに王を見つめた。ヴィルヘルムは書類から手を離し、金で装飾を施している椅子に背を預けて、相好を崩す。

「そう。随分と粗暴で警戒心が強いが、毛色と瞳の色は文句ない。なかなか懐きそうにもないが」

 その発言にクルトの眉間の皺が増えた。

「陛下、彼女に深入りすることは危険です。」

「なにを根拠に?」

「代々、王家に伝えている我が一族の直感がそう告げているのです」

 あまりにも、らしくない言い方に王は切り返しに困った。その隙をついてか、クルトは咳払いをひとつして話題を変える。

「ドリーセン卿から直々に話がありました。知り合いの男の様子がずっとおかしいらしく、今、エルマーが調べていますが、十中八九、奴らの仕業かと」

 余裕のある王の表情がわずかに硬くなった。ゆっくりと視線を落とし長く息を吐く。室内に重い空気が流れた。

「分かった。エルマーからの報告を待って対処しよう」

 それ以上、二人は余計な言葉を交わさなかった。
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