祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―

触れた記憶を頼りに

「リラさまー。本当に行かれるんですか?」

 泣きそうになりながら、リラの服の裾をちょこんと掴んでいるのは、止めたいからなのか、怖いからなのか、もしくはそのどちらともなのか。弱々しく制止するフィーネにリラは振り返った。

「フィーネ、付き合わせてしまって本当にごめんなさい。あなたはここで待ってて。あとは私がひとりで行くから」

 その言葉にフィーネはなにかを吹き飛ばすかのような勢いでかぶりを振った。さらに裾を持つ手に力が込められる。

「なりません! リラさまをひとりで行かせるなんて!」

 日も沈みそうな夕刻。日中よりも気温が落ちた城内をふたりは歩いていた。フィーネに案内されて、例の歩く死者がでるというバルコニーに足を進めているところだ。

 案の定、フィーネは乗り気ではなく、何度も考え直すように説得してくる。

 しかし、リラはそれをものともせずに、ついに広間までやってきた。舞踏会は来週に開催予定だ。できればそれまでになんとかしたい。

 大きな扉を開けて広間に顔を出すと、内装の豪華絢爛さに心奪われる間もなく、舞踏会の準備をしていた者たちの視線が自分に集まるのを感じた。その視線の大半は冷たくて余所者に対する警戒心が伝わってくる。

 今の自分の置かれている状況を考えると当たり前で、さらにはこの外見のせいで人目を引くのは今に始まったことでもない。

 それでも、まったく気にならないほどリラの神経も太くはなかった。自然と前に進んでいた足が止まる。

「行きましょう、リラさま」

 そこで視線から守るようにリラの前に立って先を促したのはフィーネだった。先ほどの怯えた様子はなく、まるで親鳥が雛を庇うかのようにリラを背にやる。

 きっと恐怖が消えたわけではない。それを必死で抑えながら、リラの前を歩いてくれているのだ。
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