祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 ヴィルヘルムは、眉を曇らせながら、執務に取り組んでいた。おろしたてだからか、インクを十分に含ませたペン先は、紙の上を泳ぐようにいつもより滑らかに文字を綴っていく。

「そんな顔してると、お前の側近みたいな顔になって、戻し方を忘れるぞ」

「余計なお世話だ。そもそもお前が来なければ、こんな顔はしていない」

「え、なにそれ。俺のせい?」

「ブルーノさま! 無礼が過ぎます!」

 初老の男性が、顔面蒼白で叫んだ。叫ばれた方はまったく気にせず、さらに王との距離を縮め、大胆にも作業中の机に肘をかけて体重を乗せてくる。

 そんなことでは軋むことのない作りではあるが、王の不快感を増幅させるのには効果があった。

 癖のある鋼のような硬い髪を束ね、その色は百獣の王を連想させる。がっちりとした体つきなのに、表現は柔和で常に口角が浮いている印象だ。気安そうでいて、その瞳には獰猛さが光っているのを王は知っている。

 ブルーノ・ヴェステン。四大方伯のひとり、西領地を統括するのヴェステン家の次期当主である。王と年も変わらないこの青年は、先日行われた父親の誕生日祝いの御礼を伝えるため、という名目でヴィルヘルムを訪ねていた。

 しかし、それが本題ではないというのは火を見るより明らかだ。

 この男がこうしてわざわざ自分の元に足を運ぶときは、ろくでもない話題も一緒なのを、長年の付き合いで嫌というほど経験してきている。その予感は今回も的中した。
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