暗黒王子と危ない夜

洗顔を済ませて、一度玄関に向かった。

脱ぎ捨ててある黒のパンプスを見て、お母さんが帰ってきていることを確認する。

寝る前に確認した時にはなかったから、深夜に帰ってきたらしい。


いつものこと。

仕事の時間帯が夜のお母さんとあたしの生活リズムは真逆だから、顔を合わせることがあまりない。


「………、」

なんとなく屈み込んで、使い込まれたヒール部分を見つめる。

ボロボロなわけじゃない。ちゃんと手入れされていて艶も残っている。

でも、小さな傷が所々にあって……。


“ お洒落は足元から。”
というのが昔から母さんの口癖だった。


新しいの買えばいいのに。お金はあるんだから、それくらい……。


ため息を吐きを堪えて、考えるのをやめた。

きっと、新しい靴を買いに行く余裕もないんだ。


離れていたかかとを揃えて、立ち上がった。
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