あなたに呪いを差し上げましょう(短編)
それからは、ただひたすらに祈るしかなかった。

ルークさまが今回のいくさで勝てなければ、わたくしが生贄になる。そういうことだった。


……ひどいひと。お恨み申し上げます、と呟いた声さえ届かぬまま。


英雄のハンカチに刺繍したということで、わたくしの刺繍は少し価値が上がった。名前を隠したままなせいで、上がってしまった。


ルークさまを取り巻く環境は混迷を極めて厳しさが増しているのに、わたくしひとり、のうのうと生きている。

ルークさまがくれた、安定した生活だった。


あのうつくしいひとを思うと、水辺に横たわる草のようにまつげがぬれてくる。


わたくしは、こういうときにこそ無力なのだ。


貴いお方は、抱えきれないほどの財と権力を与えられる代わりに、この世でも随一の重圧や不自由、血なまぐささと、隣合わせで生きることを決められる。ひとつの間違いも犯せずに。


王族には清濁併せ呑むだけの度量が求められるという。

呪われ令嬢としてならいい。でもわたくしを、あの優しいひとに、アンジェリカとして使わせたくなかった。



夜、耳慣れない物音で目が覚めた。そっとまぶたを開けると、ベッドの周りをぐるりと数人が取り囲んでいる。


その手には、武器。


「……皆さま、呪われ令嬢の容姿をご存知でしょうか」


振り下ろされるのを警戒してとっさに話しかけてしまったけれど、相手は付き合ってくれるらしい。


「夜のような黒髪に、血のような赤い瞳の女だろう。ちょうど、お前のような不吉な色をした」

「ええ、その通りですわ」


この身はまさしく不吉な色をしている。


「それでは、皆さま。呪われ令嬢の身柄が、隣国との取引に使われる予定であることは、ご存知でしょうか」
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