漆黒の騎士の燃え滾る恋慕

逃亡

まさに目にもとまらぬ速さで近づくと、ファシアスは持っていた剣の柄でエルミドを突き飛ばし、アンバーを片腕ですくい上げ、胸に抱いた。大切に、しまいこむように。

疾風のような動き。エルミドも、魔力を放つ暇もなかった、という表情を浮かべていたが、はっと我に返って怒鳴った。


「貴様、誰が入ってよいと言った?!今は罪人の取り調べ中ぞ!」


王太子の激情を前にしてもファシアスは平然とし、むしろ怒りをにじませて返した。


「王太子様じきじきに取調べとは。いつになく政務に熱心かと思えば、まさか罪人が『聖乙女』アンバー様とは。清廉潔白の象徴とも言うべきこの方が、いったいなんの罪を?」

「この天災を見てもわかろう?おまえごとき一介の武人に詳しい罪状など説明する必要などない。その罪人をよこして、さっさと立ち去れ。今なら無断で立ち入った無礼は許してやる」

「へぇ。しかし罪をどうの責める前に、王太子としてやるべきことがあるのでは?か弱い女を組み敷いて責める暇があるなら、苦しみ逃げ惑う民を救うのに専念したらいかがですか」

「無礼者が…!武人風情が私に諫言を与えると?私を誰だと思っている!?」
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