ドメスティック・ラブ
2.新しい名前

 結婚した実感、というのはいつから湧いてくるものなんだろう。
 引っ越したお陰で新生活感だけはあるものの、結婚したという気がまるでしないのは相手と顔を付き合わせる時間がないせいだろうか。昨日のまっちゃんの帰りはかなり遅くて、翌日から私も仕事という事もあり諸々の疲れから来る睡魔に勝てず、結局先に寝てしまった。しかも今朝も私が起きた時には彼はもう支度を済ませていて、「悪い、先に出る!」とバタバタと出かけていくのを見送っただけだ。

「松岡さん」

 小さな会社の地方営業所の事務員である私と違って私立高校の教師、しかも今年度三年生の担任だというまっちゃんがこの時期忙しいのは仕方ない。結婚式だって当初は新婚旅行も合わせて夏休みにしようかと言ってのに、双方の親がなるべく早くと急かしたので、結局お互い年度末で仕事が忙しいのに強引に春休みにねじ込む事になった。

「松岡さん」

 そう言えばお弁当とかあった方がいいんだろうか。共働きだし、無理に家事を自分でやろうとしなくていいとは言われてるけど。付き合いは長い割に、まっちゃんが朝はパン派なのかご飯派なのか食べない派なのかもよく分からない。とりあえず今日は時間がなかったのか何も食べずに出て行った様だった。
 色々聞いてみたくても、結婚式以降時間が取れず殆どまともに喋れていない。十年以上の付き合いで、仲間内の事なんて何でも分かってるつもりでいたけれど、意外と知らない事の方が多いという事実に今更気付いてしまった。

「松岡さんってば!」

「え……あっ!はい!」

 数度呼ばれてから自分の事だと気づき、慌てて返事をする。同じ事務員の糸井さんがすぐ横に腰に手を当てて立っていた。

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