ドメスティック・ラブ
10.ここからリスタート

「お大事に」

 儀礼的にそう言われたのを床と平行にしていた後頭部で受け止める。
 スライド式ドアの前で深めに下げていた頭を一呼吸置いてから上げた。
 人工的な色の蛍光灯に照らされ、妙に白さが眩しい廊下の向こうへと歩き去って行く、スーツの後ろ姿が三人。校長と教頭と、警察の人らしい。ついさっきまで部屋の隅でやる事もなく彼らをひたすら眺めていたはずなのに、もう既に全員の顔を忘れかけている。
 病院に運ばれたまっちゃんは途中で意識が戻ったし幸い頭の傷も浅く、一応場所が場所なので一通り検査もしてもらったけれど一泊入院するだけで明日には帰宅出来るという事だった。
 当たり前だけれど病院に着いてしまうと私のやる事は何もなく、まっちゃんを医療スタッフに任せたまま、まっちゃんの学校や実家に連絡したり入院の手続きを取ったりとバタバタしっぱなしだった。手当の終わったまっちゃんが病室に戻って来て、さっきまで色々面倒臭い会話が飛び交っていたけれど、ここでも基本的に私の役割はなく殴られた時の状況について多少の補足説明をしただけだ。

 一つ大きく息を吐くと、私はドアの取っ手に手をかけて横に引く。
 同時に一番奥のパラマウントベッドを起こして座っていた入院着姿のまっちゃんがこちらを見た。
 配慮なのか偶然なのか、ここは四人部屋だけれど現在この部屋に入っているのはまっちゃん一人だ。病室は妙に広過ぎて妙に寒々しいけれど、面会時間はとうに過ぎているのでその点気兼ねしなくてすむ。

「……お疲れ」

「ほんっと、疲れた!」

 ベッドの横まで歩いて隣に置いてあった椅子に乱暴に腰掛け、そのままベッドに突っ伏す。
 頬の下の布団の向こうに固い感触。まっちゃんの膝だ。

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