ビターチョコをかじったら
ひとくち
 引き出しを開けると目に入るのは、どうしても脳に糖分を送りたいときに使う魔法のアイテム。

「雨宮さん、はい。」
「ありがとう、ございます。」

 手前の方にたまっていくビターチョコ。引き出しの奥に眠らせているのは甘いストロベリーチョコ。
 ビターチョコを一口かじる。口の中に広がる苦さに思わず顔をしかめそうになってぐっと我慢した。冷静沈着、可愛いか綺麗かで言えば綺麗系。黒髪長身なルックスに、ストロベリーチョコが似合わないことを嫌というほど知っている。
 ブラックコーヒーは苦手だ。砂糖とミルクなしには美味しいと思いながら飲むことはできないが、会社で出されれば黙って飲んでいる。本当はキャラメルマキアートが好きだけれど、社内にそんなことを知る人は一人を除いていない。

「それじゃ、お疲れ様。」
「お疲れ様でした。」

 同じフロアに聞こえるキーボードを叩く音は、紗弥のものともう一人のものだけになってしまった。そのもう一人こそ、社内で唯一紗弥が甘党であることを知る人物だ。
 紗弥は引き出しの奥からストロベリーチョコを一つ取り出して口に放り込んだ。甘酸っぱさが疲れた脳にしみる。

「…猫かぶり女。」
「…そっちもじゃない。」

 そんなことはわかっている。見た目で騙しているのも知っている。それでも、似合わないと言われて傷つく気持ちを受け止めるゆとりは、今もきっとない。
 ふと、キーボードを打つ音が止まった。スタスタスタと足音が近づいてくる。

「それで、今日もいやいやビターを食ったわけだ。」
「…今日も今日とて嫌味だなぁ…ほんと。」
「おまけにブラックコーヒー?嫌いなモンのコンボじゃねーか。」
「…知ってるもん。」

 同期の相島に知られてしまったのは、半年ほど前の休日だった。新しくオープンしたばかりのカフェのテラス席で呑気に食べているところを見られてしまい、そこでバレた。
 あの時食べていたのは苺のミルフィーユだったはず。

「まぁ、仕事もできて見た目も美人で?そんな雨宮紗弥にはビターチョコとブラックコーヒーがお似合いだって、…大半が思ってるのは知ってるけど。本当はどっちも苦手なくせに。」

 ずけずけとデリカシーというものを全く知らない相島は言葉を続ける。
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