ただ、そばにいて。

5)ギブアンドテイク

 ダイニングテーブルの向かい側に瑞希も座る。
 夜食は茹でた蕎麦に解凍したかき揚げをのせただけの簡単なものだが、悠斗は夢中で口にかき込んだ。
 相当空腹だったのだろう。
 青白かった顔には赤みがさし、しぼんだ風船のようだった体に生気が戻ってくるのがわかる。

 テーブルの上に両肘をつき、勢いよく蕎麦をすする悠斗の様子を眺めながら、瑞希は少しずつ問いかけた。

 高校卒業後はどうしていたのか。
 火事があったというのは本当か。
 仕事はどうするのか。ほかに泊まるあてはあるのか。

 悠斗は箸を止め、ぽつりぽつりと答えを返す。

 高校を出たあとは調理師の専門学校に通い、この春から長町の小さなビストロで働きはじめた。
 仕事場のちょうど斜め上に悠斗の部屋があり、全焼ではないものの、相当な被害を受けた。
 ほかに行くあてがあるのかという最後の質問への答えは返ってこなかった。

「お金は持ってるの?」
「手持ちの現金は、こっちに戻ってくるときの交通費で使ってしまって……」

 千円札が三枚と小銭が少し。クレジットカードは持っているが、銀行の通帳やキャッシュカードは部屋に置いていったらしい。
 悠斗は悔しそうにうつむいた。

 瑞希は窓の外を見た。
 家のなかはずいぶんあたたかくなったけれど、外では雪がちらついている。

 寒空のなか、悠斗は玄関の前でずっと瑞希の帰りを待っていた。
 数えるほどしか会ったことがなかったのに、それでも待っていたのだ。

 柚月に言われたからといって、好意を額面どおり受け取り、ずうずうしく人様の家に世話になろうというタイプではないと思う。
 頼れる場所が、きっとここしかなかったのだろう。

 アパートの補修が終わるまで、とはいかないが、ひと晩くらいは泊めてあげてもいいのではないか。
 心細い様子の悠斗を見ているうちに、心が動いた。

 ――今日はうちにいてもいいよ。
 二階にも空き部屋があるけど、物置になっていて使えないの。だからちょっと寒いかもしれないけど、今日はソファで寝てね。
 明日は家族と会社の人に連絡をして、ちゃんと滞在先を決めなさいね――

 おかしな誘い方じゃないだろうか。勘違いさせたりしないだろうか。
 何度も心のなかでセリフを反芻した。

 そして、その言葉を口にしようとしたとき、どこからか軽快な電子音が聞こえた。
 電話の着信音だ。だが瑞希のものとは違う。
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