左手にハートを重ねて
「ごめんなさい。私が先生を酔わせちゃったから、結婚するはめになったんだよね」

 きっかけは些細なことだった。
 先生が個展を開き、私が手伝いをした。
 最終日、先生は解放感からか、飲めないお酒をたくさん飲んだ。
 めずらしく上機嫌になった先生が、にこにこと笑顔を向けてくれたことが嬉しくて、ついつい私もお酒を勧めてしまったのだ。

 そしてその夜――前後不覚になった先生は、私を部屋に連れ込み、抱いた。


「――違うんだ」
「なにが?」
「ほんとうは、飲めないわけじゃない」

 先生の顔が、ほんのり赤らんでいるような気がする。

「酒の力を借りたかったんだ」
「先生?」
「いいから黙って聞け」
「はい」

 先生は、先生の顔をしている。私は思わずソファの上で正座する。

「見てのとおり、俺はしがないオッサンだ。正直、おまえみたいな若い娘に本気で好かれているなんて、微塵も思っていなかった。
 けれど、あまりにも素直に慕ってくれたから、つい魔が差してしまって……」

『魔が差した』
 その言葉は、私の心を打ちのめした。

 先生が、子どもができた責任をとって籍を入れてくれたのは百も承知だ。
 でも、『好き』っていう気持ちが少しはあったからこそ、私を受け入れてくれたのだと思っていたのに……。
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