日常に、ほんの少しの恋を添えて
「では、失礼いたします」
「あ、ちょっと。えーと、長谷川さん? で合ってる?」
「はい」

 するとコーヒーをデスクに置いた専務が私を見る。

「急なんだけど、明日の夜会食が入った。プリンセスホテルの和食処Aに19時。悪いけど君、同行できる?」
「はい。ですが同行するのは私でよろしいのでしょうか?」

 私の質問に専務は整った顔をくしゃ、と綻ばせた。

「君が俺の秘書でしょ。君が行かなくてどうするの」
「そうなのですが……。いえ、なんでもありません。同行させていただきます」

 ――慣れていない私より新見さんの方がいいんじゃないかとチラッと思っただけなんだけど……まあ、いいか……

「あと、俺の前ではあまり堅苦しい口調はやめてくれ。苦手なんだ」

 専務は私を見てこう言ってから、パソコンに手を伸ばす。

「その方がよろしいのであれば、かしこまりました」
「だからそれ。かしこまらなくていいから」
「……わかりました」

 なんとまあ、意外な。
 大企業の御曹司ともあろうお方だから、言い方悪いけどプライドとか高そうだなーなんて思ってたんだけど。
 どうやらこの専務様は私が思っていたようなタイプの人ではないのかもしれない。

「明日の会食の相手な、橋上工業の常務だ。ちょっと酒癖悪いところがあるんで承知だけしておいて。以上。今日はもう上がっていいよ」
「わかりました、承知しておきます。では、上がらせて頂きます。お疲れ様でした」
「お疲れ」

 パソコンに向かい、何かを黙々と打ち込み続けている専務をちらっと眼の端で捉えつつ、私は会釈をしてから役員室のドアを静かに閉めた。
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