日常に、ほんの少しの恋を添えて
「……確かに部下のことは考えてくださってるんだな、て思いますけど。なんか、あんなに甘いものを拒絶されちゃうとうちの実家を拒絶されたような気になってしまって……」
「そ、そっか……長谷川さんちケーキ屋さんだったもんね……あ、でも絶対専務悪気ないから! あんまり気にしない方がいいわよ」
「そうですかね……」

 自分でも気にし過ぎなのはわかってる。

 だけど昨夜の飲み会の席で私を助けてくれた専務を、ちょっとカッコイイって思ってしまった私。だから余計にお菓子嫌いの専務に対するがっかり感が大きいのかも。

 でも男の人でスイーツ嫌いなんてよくあることだろうし、あまり気にしてばかりもいられない。
 彼は、私の直属の上司なのだから。



 業務を開始してしばらくデスクワークをしていたら、専務が秘書室にやって来た。

「長谷川。視察に行くぞ」
「! は、はい!」

 今日は視察の予定なんかなかったのに、専務がいきなりこう言って外に向かって歩き出した。
 私は荷物の入ったバッグをひったくるように掴むと、急いで専務の後を追った。

「これから行くのは、M高原にあるうちのホテルだ」

 軽快に高速道路を走りながら、専務が口にしたホテルは聞き覚えがあった。

「M高原、というとMリゾート・ザ・フジクラですか? 去年新装オープンした……」
「そう。うちが買い取ってリノベーションしたホテルだ。高速で一時間ちょいかな。あのあたりは空気がおいしくていいとこだ」
「観光地で有名ですもんね」

 それからしばらく車に揺られると、”M高原”と書かれた高速の出口が見えた。吸い寄せられるようにその出口から一般道に降りた。
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