日常に、ほんの少しの恋を添えて
「き、気持ち悪い……」

 急に吐き気が込み上げてきて、私は両手で口元を押さえた。
 すると再びソファーに座っていた専務が、顔色を変えて体を起こす。

「ほらみろ、言わんこっちゃない。トイレはここ出てまっすぐ行って2つ目のドア」
「……お借りします……」

 口を押えたまま急いでトイレに駆け込み、吐き出そうと試みる。

「はー……あれ……?」

 吐きそうだったのに、トイレを前にしたら何故かうまく吐き出すことができない。

 ――な、なんでえ~!? 吐きたいのに、気持ち悪いのに~!!

 すでに涙目。何度かえづくものの、吐けなくて途方に暮れる。
 トイレでどれくらい粘っていたのだろうか。諦めてふらりとトイレから出ると、心配そうな顔をした専務がすぐそばにいた。

「吐いたのか」
「は、吐けません……でした……なんか、ダメで……」

 項垂れる私の頭の上の方で、専務がため息をついたのが分かった。

「……ちょっと、失礼」

と、その瞬間。専務の大きな手が私の体を掴む。そしてもう一度トイレに連れて来られた。

「え? あの……」
「はい、跪いて」

 思わず言われるとおりにしたが、ここでハッとする。
 これって、まさか……

 驚いて後ろを振り返ろうとしたら、専務の手が私の顎を掴み、ぐきっと顔を正面に向けさせられた。

「黙ってろ、噛むなよ」

 言うや否や、私の口に専務の指が入って来た。

「!? う……っ」

 ――嘘――っ!! やっぱりいいい――!!

 その後は、想像した通り。
 何度か便器に顔を突っ込んで嘔吐した私は、吐くだけ吐いてその場にぐったりと倒れ込んだ。

「そこで寝るな! ほら、バスルームこっち!」
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