日常に、ほんの少しの恋を添えて
「ちょっとまて。実家を否定するって何の話だ? そもそも俺は長谷川の実家がケーキ屋だなんて知らなかったんだけど。それに俺にとっては必要ない、と言っただけで甘いものとかお菓子を否定したつもりは全くなかったんだが」

 うっ……そうだよね私言ってないもんね……やっぱり私が気にし過ぎたんだ……
 困ったな……取りあえず今は気にしていないってことを、しっかりと伝えなければ。

「あの、本当にもういいんです。確かにあの時は専務と上手くやっていけるかどうか心配でしたが、今となっては全く問題ないと思っています。寝言で言ってしまったのはちょっと自分でも想定外っていうか……あの、変なこと言ってしまって申し訳ありませんでした。お願いですから忘れてください……」
「……本当にもう問題ないのか……?」

 納得していないのか、専務は腕を組み椅子に凭れ、私をじーっと見つめる。
 視線がとても痛いが、先に進もう。

「本当です! では、先ほどの続きを……」

 本日のスケジュールの確認を終えて専務の部屋を出た瞬間がくーっと肩から力が抜けた。

 ああ、緊張した……専務ったら結構突っ込んで聞いてくるんだもの、どう答えたらいいのか咄嗟に考えたけど、もうやだ。こんな面と向かって相手に苦手な理由言うなんてどんな拷問だよ。

 これで専務が納得してくれればいいのに。

 ため息をついて、これ以上専務の前で大きなミスを犯さないよう祈りつつ、私は秘書室に戻って仕事に集中した。

 そして専務に渡そう思って買っておいたお詫びの品のことなどコッテリ忘れ、そのことを思い出すのは割と後になってからだった。
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