おはようからおやすみまで蕩けさせて
酷い男
オフィスを出てから一時間後、私は「カトー研究所」の応接室に通されていた。

所長兼社長の前野さんは不在らしく、営業マンも全員出払っているからと言われ、待機の状態。


あまりに焦り過ぎてアポ取りもせずに来たんだから仕方ない。社長さんか営業さんが戻って来るまでは、ここで待たせて貰わないと……。



(帰りが遅くなると心配されるかな)


津田ちゃんにウソを吐いて来てしまった。
何処のメーカーに行くとも告げず、商品を見せて貰うだけだと言ったから、きっと直ぐにでも帰社できると思われてる。



(どうしよう。話が長引いてるとでも言っておく?)


声を聞かせると焦りが伝わってもいけないからLINEの文字だけでも送っておこうか。


バッグを開いてスマホに指先を掛けた瞬間、ドアの向こう側から男性と女性の話し声が聞こえた。
どうやら営業マンの誰かが戻って来たらしい。これなら思ってたよりも早く帰れるかもしれない。



(良かった…)


スマホから手を離して膝の上に両手を置き直した。とにかく相手の機嫌を損ねないようにして、少しでも多い数を引き取って貰わないと。


コンコン!

軽いノックの音がした後で、カチャとドアが開いた。
視線を背後へ向けて立ち上がり、視界の中に紺色のスーツを着た男性の姿を収めた。



「なんだ、誰かと思ったら田端さんじゃないか」


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