【B】眠らない街で愛を囁いて
8.彼女といる時間 -千翔-

ゴールデンウィークの初日、
彼女、叶夢ちゃんの姿を見かけてから
俺は普段はあまり利用しなかったコンビニへと毎日のように顔を出す。


大学生の彼女は、普段は夕方の17時頃から22時頃まで。

土日祝日は9時頃から17時頃までか、
11時から20時頃まで入っていることが集計できた。


我ながらストーカーみたいだなと自虐的に自己評価をしながらも、
少しずつ彼女と何気ない会話をしている時間が楽しい俺自身が居た。



そうして店員とお客さんの関係のまま、
1ヶ月くらいの時間をかけて親密度を深めていく。


6月の梅雨の季節。

早朝には降っていなかった雨が、
午後からどんよりとした雲を連れて雷雨降り続ける。


傘を持って出かけていなかった人たちが、
ファイルや鞄など、それぞれの身近なもので頭を覆いながら
逃げ込むようにビルへと走ってくる。



濡れて滑りやすくなった床で転倒する人がいないように、
あの人はビルの中に滞在する人に挨拶をしながらモップを動かしていた。



外出を間近にしていた俺は、そんな風景を眺めながら
同じように傘もなく飛び込んできた叶夢ちゃんの姿を見かけた。



「あぁ、もう最悪」


彼女はそうやって声を零しながら濡れてしまった洋服の雫を掌ではらったり、
濡れてしまった鞄の中から、ハンカチを取り出しては髪の毛や鞄を慌ててふき取っていく。



「こんにちは。凄い雨だね」

近づいて声をかけると、彼女は「あぁ、泉原さんこんにちは。今からお出掛けですか?」なんて、
手を止めることなく返事をしてくる。


泉原さんかっ……。



まだ彼女は名前では呼んでくれない。
そんな寂しさが、ふと湧き上がる。



「凄く濡れちゃったみたいだね。
 上から下まで、びちょびちょなんじゃない?」


そうやって声をかけながら、俺は自分が羽織っていた薄手のジャケットをそっと脱いで
彼女の肩からかける。


戸惑ったような顔をする叶夢ちゃんに俺は、そっと近づいて囁く。


「Tシャツ濡れてブラジャーが透けて見えてる。
 そんな服装でこのビルの中歩いてたら、男の視線引き付けちゃうよ」


そう伝えた後、彼女は突然自覚したように慌て始める。


「仕事は何時から?」

「あっ、えっと……今日は早く来たんで17時からなんです。
 まだ1時間くらい早くて……」

「そう。なら叶夢ちゃんはこっちかな」


そう言うと俺は彼女の手をひいて、モップを手にして床掃除をしているあの癒しの田中さんの元へと近づく。
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