愛し君に花の名を捧ぐ
第五章 齟齬
 リーリュアは座り込み、地面の一点を厳しい顔で見詰めていた。

「なにをなさっているのですか? また無理をされるとお身体に障ります」

「紅珠、もう平気だと何度言わせれば済むの?」

 先日の詳細は、颯璉から紅珠に堅く口止めがなされた。ほかの者たちに赤く腫れた頬や傷だらけの身体の理由を告げるわけにはいかず、事情を知る紅珠がリーリュアの看病を任されていたが、いまではほとんど回復している。
 
 続けざまに体調を崩したリーリュアを、近頃では皆があれこれと構うようになった。彼女たちとの距離が近付いたことは喜ばしいが、今度は過保護すぎて困っているくらいだ。

 贅沢な悩みでため息を落とした地面を、紅珠も脇から覗き込んできた。途端に悲鳴をあげる。

「ど、ど、ど、どうして、ミミズなんか見てらっしゃるんですかっ!?」

「この前侍医が持ってきたお薬ね、ミミズが入っているのですって」

 リーリュアが初めて事実を知らされたときと同じく、紅珠も表情が固まった。葆では常用されている薬に、葆の民がこれだけ衝撃を受けるのだ。解熱効果があるという薬を飲んで、リーリュアがまた熱を出しそうになったのも仕方がない。

「毒蛇や毒虫も薬になるものがあるというし。驚いたわ」

「毒……」

 息を呑み顔色を青白くさせた紅珠に上の空で頷く。

 苑輝から蠱毒の話を聞かされ関心を持ったリーリュアに水を向けられた侍医は、喜々として生薬の説明をしてくれたものだ。

 皇太后の宮を訪れた日、苑輝は結局リーリュアの想いに答えを返してはくれず、ゆっくり休むように念を押して帰っていった。その言葉もむなしくまた発熱し床に就いていたが、今度は見舞いに訪れてくれることはなかった。

 同じ敷地内にいるはずなのに、訪ねていくことも許されない。この前のような偶然があるかと散策に出ようとすれば、颯璉がついてきて狭い範囲を周回させられるだけ。
 再び後宮という鳥かごに放置される日々が続いていた。

 熱が下がり痣も消え、体力が回復したリーリュアの中に、ここから出ていくという選択肢は相変わらずない。あの一連の出来事を思い返すと、様々な原因で胸が詰まって痛くなる。それでもだ。

 陽の当たる地面でもがいているミミズを小枝に乗せ、草むらに放り込んだ。
< 46 / 86 >

この作品をシェア

pagetop