貴方が手をつないでくれるなら
・プロローグ
「ふぅ…、どうも。ここ、失礼しますよ。っと。…まずは茶だな……あれ?無い。は?…あぁくそぅ、あの子…忘れてるじゃないか。…はぁ。あり得ない…何してくれてんのさ…」

ベンチの右端に勢いよく座ると、ガサガサとコンビニの袋の中を探っていた。
はい?……訊かれたけど、私、まだ、どうぞ、とか言ってない…。バッグを膝に乗せ、出来る限り左に寄った。……ベンチは私の物って訳じゃないけど、いきなりこういう感じの人と一緒には座りたくない。

「ったく…。入れ忘れるなんてありかよ…」

……ブツブツ、大きな独り言ね。…あー、何か買った物が入れられてなかったのよね。きっとそうだ。

「こっちは金払ってんだからな…はぁ、もう」

どうしようもないって感じなのかな。
読んでいた本で顔を隠すようにして、恐いもの見たさだ。様子を窺った。
…ワシャワシャと頭を掻いていた。あるべき物が無いのは間違いないらしい。どうやら諦めたのだろう、ウエットティッシュを取り出し、丁寧に手を拭き始めた。…言葉遣いは乱暴なのに、そういうことろはキチンとしてる人なのね。…不思議な人。
ふぅと息を吐き、また袋に手を入れ探ると何かを取り出した。おにぎりだった。なる程…だから、丁寧に拭いていたのね。組み合わせから言って、無いと文句を言っていた物は、差し詰め、お茶と言ったところかしら。確かに、いきなり食べ始めるよりも、先に一口飲みたいものだ。食後にだって飲みたい。

「……何?」

わっ、ジッと見てたから…。どうしよう。

「あ…ごめんなさい、あの…何でも…」

無くはない。余計なお世話だと思った。でも…。

「あ゙、だからな゙に゙?」

え゛…恐。早く言えって?こっちだって好きで話しかけたんじゃないのに。声、掛けなきゃ良かった…かも。
男はフィルムを外し、おにぎりを咥えたところだった。タイミングも悪かったようだ。

「いえ、あの、ごめんなさい、あの…お茶…ですか?ですよね?」

無いのって。どうして怒られなきゃなんないの。

「あ゙?…あ、ああ、そうだ。無いんだ」

意気消沈、って感じかな。口からおにぎりを離した。あ、ごめんなさい。食べたいところを。

「まあ、あんたに愚痴ってもしょうがないけど、確かにレジに置いて買ったのに入れられてないんだ。昼時で忙しいのは解るけどな、…こっちにしてみたら、そりゃ無いだろ?って話だよ。あんたもそう思うだろ?まあ確かに?袋は軽かったし、現物確認せず急いで出た俺も悪いけどさ。…レシートも捨てちゃったしな」

レシート、ね…この人にレシートを見せられてすごまれたら、例え渡しそびれてなくても渡してしまいそうだ。偏見かしら。

「ええ、…まあ、普通入れられてないとは思いませんよね。偶々、ですよね。そんな時もあります」

「あ?偶々俺が運が悪かったって?」

うわ!恐!火に油、的なことに?…。

「あー、あの…お困りですよね。良かったらなんですがあの…これ」

話を変えようとしたつもりはないけど、これが本題。保温容器を見せた。私に問い直されても困りますって話です。

「ぁあ?」

ゔ。だから…、貴方、恐い…。一々威圧的…顔が…機嫌、相当悪いのかしら…。こっちはこれでも勇気を出しているのに。

「あ゙、別に、運は運です。これ、嫌でなければです。い、いかがですか?水分無しではご飯は食べ辛いですよね?」

「…」

無言でジロリと向けられた視線がまた一段と恐い。…もう…嫌。ずっと見られてる気がする…。私、何も悪いことはしてないですよ?機嫌が悪いのは解ります。初対面…だから多分、怪しいんだ、中の物、信用できないって思ってる。……解ってます。どこの誰だか解らない人間の勧める物など、簡単に飲めはしない、といったところですよね。

「…あ、待ってください。私が知らない人間だから不信なんですよね?だったら毒味をして見せたらいいですよね?ちょっと待ってください」

何もこんなに必死に勧める必要はないんだけど。視線が痛い。早くしなきゃ。小さい保温容器から急いでカップに注ぎ、飲んで見せた。どうせなら…ゔっ!って、言ってやろうかしら。……勧める意味がなくなるからしないけど。

「…はい。…どうですか?ご覧の通り、異状はありません、毒は入って無いですから」

…これでもまだ駄目なのかしら。まだじっと見られてるのは見られてる。…あっ、緑茶じゃないんだった。

「あ、お茶といっても緑茶では無いですが、いかがですか?飲みません?…無いよりはマシかと…」

飲み口を軽く拭き、カップに注ぎ直し、腕を目一杯伸ばして腰掛けている横に置いた。……はぁ。余計なお世話だ…お茶じゃ無いって言ってしまったから、尚更駄目かな。さっきから何も言わないで見てるだけだし。要るの?要らないの?

「あの…これはご存知かどうか、ルイボスティーというノンカフェインの飲み物で、癖はそんなに無いと思います。あ、私は飲み慣れてるからかもしれませんが…駄目ですかね…嫌でなければ、です…遠慮なら、なさらないで、どうぞ?」

あ゙、まだずっと見てる。どうしても怪しいのかな…。
んー、手に取らないところを見ると、飲むには気がすすまないようね。見た目紅茶みたいな色だし、おにぎりには合わないと思ったのかしら。…駄目なら仕方ない。
もう片付けようかと思った。

「…あんた、変わってんな…。どこの誰かも解らない奴に。せっかくだし…まあ、有り難く頂くよ」

「…え、は、い、どうぞ。…どうぞ」

結局飲むんだ…。

ここは家から程近い並木道。適度な間隔を置き、三人掛けのベンチが設置されている。その端と端に座っていた。座面にはおおよそ一人分の幅ごとに突起があり、寝転ぶ事が出来ない造りになっているベンチだ。
男はカップを手に取ると覗き込んでからグイッと一気に飲んだ。

「…はぁぁ、…サンキュ。有難う、…初めて飲んだよ。癖というか、紅茶みたいな…それに近い感じだな、普通に飲めるよ」

あ、何だかちょっと雰囲気が柔らかくなったみたい。お茶が飲めて少しホッと出来たのかな。
置かれたカップに勝手に注ぎ足した。小さなカップだから大した量は入らない、まだ要るだろう。

「それは良かったです。……これってミネラルが豊富らしいんですよ。単純に貧血防止にもなるかなと、顔色も良くなるようなので…だから飲んでます。…顔色が悪いと心配させてしまいますから」

…あ…余計なことまで言っちゃった。飲んでもらえてホッとしたからかな。

…ん?心配させる?…何か病気なのか?そうは見えないけど…。外見上は解らないからな、聞かれたくもないだろうし、そこは触れない方がいいか。
とでも思っているようなそんな顔つきだ。

「…へぇ」

…何?また。今度は普通の顔でじっと見られてる。な、に…もう要らないならカップ返して欲しい。
お茶をグイッっと飲んだ。口許を拭った。あ、えっと、まだ要るのかな…。注ぎ足した方がいいかな。

「あんたさ、今から時間ある?」

「え?」

…何、突然。…時間?

「え、あの…そんなには、ちょっとなら。何かご用ですか?こうしてるくらいですから…少しなら…」

「だったらさ、ヤらせてくれないか?」

………はっ?何ですって?何…ヤらせて、くれないか?って言ったの?…聞き間違い?似たような言葉って…?…でも確かに。今、……ヤらせろとか聞こえたわよ……私、耳がおかしくなったのかな……ううん、確かに言った。…何、この人、何言ってるの?

「はぁあ?」

突拍子もない声が出たと同時に立ち上がっていた。…だって、何て事を言うのよ、何、この人…とんでもない人だ。頭おかしいの?初対面でしょ?百歩譲って…そういうやり口の……ナンパ?
襟足を刈り上げ、フワッと癖のある短髪の男は、悪びれた様子も無く、いきなりそんな事を言って除けた。……いきなり意味が解らない…。こんな事、聞き間違いであって欲しい。…危ない人なのかも。
…髭も生やしてる。見たままなら、柄が悪いし、灰汁が強い感じ…。髪の毛同様、癖が強そうな男だ…。絶対、変な人なのよ…。
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