金木犀の季節に
最終楽章「新しい音が聞こえる」




ーーー最終楽章「新しい音が聞こえる」ーーー





そして、私は毎日バイオリンの練習に明け暮れた。
来る日も来る日も練習して、コンクール当日を迎えた。

「そろそろですよ」
舞台袖で声をかけられて我に返った。
すると、ステージから聞こえる音に、夢中になった。
サンサーンス作曲、『序章とロンドカプリチオーソ』。
めちゃくちゃに美しい。
ところどころ音が震えるが、それがまた美しさを増す。

茶色がかった短髪がゆれ、奏でる音が幸せそうに踊っている。
思わず口元がゆるんだ。

ホールに拍手が響いて、自分の出番があと少しだと自覚した。
心臓がバクバクいいはじめて、G弦に触れてみた。
やっぱり、ほっとする。

舞台に上がると、照明が眩しかった。
伴奏の人とアイコンタクトをとり、演奏が始まる。

私はこの会場にいる人になにか伝えられるかな。
元気を与えられるかな。

ふと、もう一つのバイオリンが聞こえた気がした。
楽しい、懐かしい。
高台から見える海も、柔らかく香る金木犀も、何もかもが愛おしい。

ああ、幸せだ。
こうして舞台の上で、誰かに音を届けられるということ。
バイオリンが好きだということ。
幸せな思い出があるということ。

私は、この世に音楽がある限り、強くいられる。
それは、あなたと出会えたから。

静かに最後の高音を鳴らし終えて、弓を弦から離したところで、拍手を浴びた。
それこそ、いままでされたことがないくらい、たくさん。
ちらっと隣を見てもそこに奏汰さんはいなかった。
当たり前の切なさに耐えながらも、私の音を聞いてくれた全ての人への感謝を込めてお辞儀をした。

ステージから降りた頃には、頬が火照っていた。




< 91 / 98 >

この作品をシェア

pagetop