僕の父が翔子さんを家に呼んだのは、翔子さんが優秀だっただけでなく、翔子さんの天涯孤独な身の上を父が知っていて、どうにかしたいと考えていた部分があったようだ。


 自分の家族を放置してまで、多くの他人の面倒を見ている父がしそうなことだと思った。


 翔子さんが来てから、僕と翔子さんは、一緒に過ごす時間がどんどん長くなっていた。
 そんな僕らは、周りからは「仲の良い姉弟」のように見られていたようだ。


「尚也!」
 名前を呼ばれて振り向いた途端、人が空から降ってきた。

「翔子さん⁉」
 しかし、『空から降ってきた』というのは間違いで、塀から翔子さんが飛び降りたのだ。

 僕はとっさに腕を伸ばして、彼女を受け止めようとする。
 しかし、受け止めきれず、彼女とともに後ろに倒れ込み、しりもちをついた。


「危ないですって!」


 僕が感情的になると、翔子さんはいつもにこりと笑う。
 まるで、感情の出し方を教えている教師のように。

 それから、自分のスカートを見て、
「あーー!もう!スカートが破けたわ!」
 と叫ぶのだった。

「どうして塀の上なんかに」
「猫のね、目線に立って見たかったのよ」
「はぁ?」
「で、ちょっとバランス崩して危ないと思ったときに、ちょうど尚也が通りかかったってわけ」

 あっけらかんと言っているが、とても危ないことをしている。
 少なくとも二十歳を超えた大人の女性がするような行為ではない。

「どうして、いつもそう落ち着きないんですか。危ないじゃないですか」
 僕はため息をつきつつ、そう言う。

「でも、尚也が助けてくれたわ」
「あのね、僕だっていつも助けられるわけじゃないですよ」
「ううん、いつも助けてくれる」

 翔子さんが僕を見据えた。

 翔子さんの目を見ると、僕は次の言葉が出てこなくなるのだ。


 そんな僕を見て、翔子さんは
「ありがとう」
 と言って笑う。


(僕は翔子さんが苦手だった)


 しかし、苦手だと思っていた人間は、実は自分が好きになりそうで苦手だと感じているだけなのかもしれない。

 それに気づくと、人が恋に落ちてしまうのなんて一瞬だ。