甘い罠には気をつけて❤︎ 俺様詐欺師と危険な恋 
(1) ブランドン伯爵という男

 まだほんのりと明るい青さをのこした夏の夜空に、バイオリンやフルートの
 音色が吸い込まれていく。

 邸宅の玄関前には何台もの馬車が停まり、着飾った男女がにこやかに
 笑いながら、玄関へと続く石階段を上っていく。

 今宵、ボルドール伯爵邸の広間では、たくさんの人を招いた夜会が
 ひらかれていた。



 そんな華やかな広間とは対照的に、人気のない静まりかえった廊下を
 フィーネは人を探して足早に歩いている。


   
   「クララったら、今日は部屋で大人しくしているようにって
   言われているのに」


 
 フィーネは、ボルドール伯爵の次女、クララの家庭教師。

 正式に社交界デビューをしていない14才のクララは、まだ夜会には
 でられないが、おませなクララはでたがっていた。

 わがままを言って父親を困らせ、困った伯爵はフィーネに命じたのだ、
 ”夜会の夜は、クララを自分の部屋にいさせるように”と。

 華やかな夜会をひらき見栄を張るわりには、内情の苦しいボルドール家では
 いつもクララについている小間使いも、夜会の時はパーティーの手伝いに
 まわされてしまう。

 だから知り合いに紹介され、仕方なく置いてやっている
(とはいえ、家庭教師の仕事はしっかりさせられているのだが)
 フィーネにこの仕事がまわってきた。


 
 おとなしく部屋にいると思ったのに、クララはフィーネがちょっと
 目を離した隙にいなくなった。

 やはり夜会が気になって、覗きに行っているのだろうか?

 口うるさい伯爵に見つかる前に、早くつれもどさなきゃ。



 足早に広間に向かっていたフィーネは、階段の踊り場の鏡に映った自分の姿
 を見て足をとめた。

 ありふれたブラウンの髪をひとつに纏め、地味で冴えない服を着た自分。

 度のない眼鏡をかけているのは、表情をわかりにくくするためだ。

 薄暗い踊り場のすみに佇みながら、階段下から聴こえてくるざわめきに
 華やかな夜会の様子を思い浮かべ、フィーネは唇をかんだ。

 

 

 
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