おとなりさん

帰路



病室まで迎えに行くと、良輔は椅子に座っていた。

「良輔、もう大丈夫なんか?」

「あぁ、大丈夫。ありがとな。」

「じゃ、帰るとすっか!」

あ、車の中の香り、気をつけてって言われたんだった。

「…。良輔。覚えてないかも分からんけど、俺ら タクシーで来たんよ。だからタクシー呼ばなきゃな。」

とっさに、ウソが出た。

世の中にはついていい嘘と ついちゃいけない嘘があるって、じいちゃんが昔言ってたっけ。

今のは…ついていい嘘だよな。

「そか。タクシー代、帰りは俺が払うな。」

「ん。」

タクシーに乗り込んで、場所を指定する。

乗り込んだはいいけど、なんだ、この、沈黙。

良輔、俺に気遣ってるのか?

いろいろ考えてるうちに、アパートに着いた。

俺も良輔も、なんだかんだ言って疲れたんだろう。

2人とも寝てしまって、運転手さんに起こしてもらった。

「お二人さん、着きましたよ〜、あなた達病院から乗って来たし、どっか悪いんかもわからんけど、無理はせんようにな。人生色々あるけんな。ほんなら、ありがとね〜」

運ちゃんの言葉は、長く生きてきて培った、栄養度のある、そんな言葉だった。

俺と良輔の胸にまっすぐ刺さってきた。

お礼を言って、降りた。

「ハル、なんか俺、意地張っててさ。ごめんな。今日はありがと。」

「え…?」

「俺のさ、事故のこととか、父さん母さんの事とか、知ってるのはハルだけだし、もちろん大学の友達にも、少しくらいは言ってある。

けど、今日久しぶりにあんなことになってさ。

ハルも驚いたかもしれないけど、俺も驚いたし、悲しくなった。

まだ、忘れられないんかって。

忘れたつもりでも、脳とか心は憶えてる。

だからあんな風に、なっちゃうんだ。

息が苦しい時、ハルの声聞くとすごい落ち着いた。

けど、俺はこれからハルがいなくても、大丈夫なようにならなきゃいけない。

そうやって、考えたらまた苦しいんだ。

だからさ、ハル。

まだ、頼っても、いい?」

「良輔…。

いいに決まってる。

良輔の昔のことは、忘れちゃいけないことだよ。

忘れたいって思ってても、体が反応するのは、忘れちゃいけない証拠だと思う。

だって、事故のこと、忘れたらお父さんとお母さんのこともどんどん忘れていくんだ。

あの事故の記憶は、良輔の中に留めておくべきだ。

もし留めてることに抵抗を感じたり、苦しくなったり、今日みたいになったりしたら、

遠慮なく俺を頼れ。

許可なんていらない。な。」

「ん。」

良輔の「ん。」には、ありがとうとか、入ってたんだろうか。

分からないけど、俺が勝手に想像してるだけだけど、

俺らには「ん。」で伝え合える、通じ合える、何かがある。

それがある限り、俺らは大丈夫。



今日は良輔も大変だったし、俺も心配だから今日は良輔に、俺の部屋に泊まってもらうことにした。時間も遅かったから、すぐ寝た。
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