男と女
千夏
『いらっしゃいませ』
晴夫の顔を見て、コンビニ店員の千夏が声をかける。高校2年の千夏は晴夫を【常連のオジサン】くらいしか思っていない。毎日夕方6時にやって来るオジサン。

千夏は週に3回コンビニのバイトをしている。社会勉強だからと、母親に勧められて始めた。成績は中の中。日々の楽しみは、大好きなアイドルのビデオを見ながら眠る事。
休日は友達とカラオケ。何処にでも居る女子高生、だと思っている。
そんな千夏が恋をしたのは、半年前。週に1度会うか会わないかのお客さん。話をするでもなく、ただ、黙って見つめ、お決まりの接客をするだけ。もちろん、情報は何一つない。見た目で推測すると、千夏とあまり変わらない年頃だろうか。彼は一度だけ、千夏の前で笑った。その笑顔が頭から離れず、恋だと気付いたのが半年前だった。
(名前くらい、知りたい)
そんな事を毎日考えていた。
『あ、すいません』
商品を補充している最中に、お客さんとぶつかり、千夏は頭を下げる。
『大丈夫っすよ』
笑いながら答えたのは、彼だった。千夏は顔を真っ赤にしながら、彼の顔から目線を外す事が出来なかった。彼もまた、暫く千夏の顔を見ていた。
『あの、レジお願いします』
他のお客さんからの声で、千夏は我にかえった。
(ヤバいヤバい、マジで格好イイ)
千夏の恋心は急激に加速していった。千夏にとっての初恋と言ってもいいくらいの恋。どうにか近付けないか。毎日ネットや雑誌で近付く方法を探した。もうアイドルなんて眼中になかった。

『いらっしゃいませ』
夕方6時のオジサン、晴夫が来た。
(オジサンじゃなく、彼だったらいいのに)
そんな事を考えていると、彼が入って来た。
『いらっしゃいませっ』
千夏は最高の笑顔と、とびきり可愛い声で、彼を迎えた。
『待ってよ、たかし』
千夏の最高の笑顔が凍り付く。彼の後ろから現れた、体格のイイ女。千夏は状況が理解出来ず、体が動かない。
『車で待ってろよ。お腹の赤ちゃんに何かあったらどうすんだよ』千夏が見た事のない笑顔で女に話かける。
『安定期だから大丈夫よ。心配しすぎ。』女もまた、幸せそうな笑顔で彼を見つめる。

『すいません、レジお願いします』
夕方6時のオジサンから声をかけられ、千夏は何とか動いた。
『今日は寒いねえ』
晴夫の言葉に、千夏は笑いながら
(やっぱり、アイドルは私を裏切らないわ)
と、早く帰ってアイドルのビデオを見ながら眠ろうと、心に決めた。晴夫は、『寒いねえ』と繰り返し呟いていた。
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