そのくちづけ、その運命
その人は
「井上さん、ちょっといい?」

そこで、樋口くんが話しかけてきた。

見るとホール内のお客さんもすっかりまばらで、
あの彼を含め、5、6組しか残っていない。


「ちょっとこっち」

言われるがままについていくと、進行方向の先に彼が腰かけているテーブルが見えた。


……うそでしょ。

驚くべきことに、樋口くんは彼のところに私を連れて行くつもりらしかった。

……何考えてるの!?
見ているだけで精一杯で、直接話すなんてとてもじゃないけど無理。

その彼がコーヒーを片手に窓の外をぼーっと眺めているのが目に入った。
…絵になる。少し眠そうで、その憂鬱そうな様子がまた――…

「樋口くん!?用って?」

慌てて声をかけると

「ちょっと紹介したいやつがいるんだ」

は?
どういうこと?
紹介って?

状況の整理が追い付かないまま、気が付くと彼のテーブルまで来ていた。

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