カノジョの彼の、冷めたキス


でも、渡瀬くんはどうして皆藤さんが来ることがわかっててあたしにキスを……?


「追いかけて誤解を解いたほうがいいんじゃ……」

「いいんだよ」

「でも……」

「いいんだって。どうせお互い遊びだし」

突き離すようにそう言ってから、渡瀬くんがエレベーターホールのほうに視線を向ける。


その仕草に「ほんとうに?」と問いかけてしまいそうになる。

どこか淋しげにも見える渡瀬くんの横顔を見つめていたら、彼が口端を軽く引き上げた。


「とりあえず、口止め料はしっかり払ったから。この前のことは他言無用ってことで」

笑みを湛えながらそう言うと、渡瀬くんがあたしから距離をとった。


「お疲れさま。斉木さん」

テーブルに置きっぱなしでいたアイスコーヒーの缶をつかむと、渡瀬くんはそれ以上あたしと関わることなく休憩スペースを去っていく。

ひとりきりでその場に置き去りになったあたしの胸には、なんとも言いようのない虚しさが残った。




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